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研究助成

成果報告

研究助成「学問の未来を拓く」

2019年度

不信学の創成――「健全な不信」の実現を目指して

大阪経済大学経営学部 専任講師
稲岡 大志

現代社会では、医療不信、食料品への不信、年金不信、学校不信、政治不信など、さまざまな不信が生じている。社会制度や科学技術の複雑さに対応するかたちで、私たちが抱く不信も複雑かつ多様である。個々の学問分野では、そういった不信現象を分析し、対応策を講じる試みが行われているが、そもそもすべての不信は同種の要因で起こるのか、あらゆる不信に同種の対応が適切なのかといった問題は、個別分野の知見を用いるだけでは解明が難しく、事実的探求や規範的探求といった、哲学的アプローチや学際的アプローチが必要である。また、「不信」という現象が多様であるのにあわせて、各分野で用いられる「不信」概念も多様である。それらを総合して、「不信学」を創成することは、現代のような高度情報化社会において、フェイクニュースやヘイトスピーチなどによって引き起こされるマイノリティへの不信など、市民社会にとって「不健全」かつ危険な不信が生じている現状を考えても、社会的急務である。

そこで本研究では、本研究グループのメンバーが2014年に設立した安心信頼技術研究会(https://sites.google.com/view/philosophy-trust/)において構築した学際研究のプラットフォームを発展的に活用し、分野ごとに多様な不信現象の分析を行い、多様な対象への不信とともに今後生じるかが不確実な対象への不信現象をも包括的に捉えることができる不信学の創成を目指す研究を行った。

具体的には、2019年9月に年金不信を、12月に企業不信をテーマとしたワークショップを開催し、それぞれの領域で起きている不信現象の詳細を明らかにするために、専門家と意見交換を行った。専門家とのこうしたやりとりの中で、個別的な不信現象の多様性や複雑さへの認識が深まり、概念的探求に向かうに先立って把握すべき興味深い論点が数多く見出された。研究初年度に取り上げたテーマである社会保障も企業法務も仕組みが複雑で、当該分野の専門的知見を持たない者からすれば、「健全な不信」を得るために十分な知識を得ることが当初の見通し以上に難しいことが実感できた。

また、各分野の専門家は、個別的な不信現象についての知見は有するが、不信概念についての規範的探求を自分の専門領域に引き寄せつつも、より一般的な観点で考える習慣までも持つとは限らないことも判明した。これより、望ましい不信を実現するためにも、本研究が進める不信に関する概念的探求を踏まえた上で、専門家と非専門家の情報共有を容易にする制度を構築することが必要ではないかという気付きが得られた。

今後の課題としては、不信現象を「健全な不信」と「不健全な不信」との二種類に区分するという研究開始当初の枠組みを再検討し、規範的探求として、多様な不信現象を単純化することなく捉え、類型化を試みることが必要である。

2020年8月

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