成果報告
2019年度
李承晩政権期における韓国の対外政策の検証――対米・対日政策を中心に
- 神戸大学大学院法学研究科 博士後期課程
- 金 玧昊
私の研究の目的は、1950年代の日米韓三国関係を李承晩政権期(1948-60年)の対米・対日政策を軸として分析し、韓国の対外政策の原点を検証することである。とりわけ、現在の「反日」や「親米」などと決めつけられる韓国外交の姿が、実際には戦後直後から形成され、存在し続けてきたことに焦点を当てる。すなわち、単純に反日や親米とは断定できない複雑な韓国外交がそこにあったということである。そこには、近代韓国を「日本化」することを目指した一方、国民動員のために、日本植民地時代から根強く残っていた「反日本主義」を駆使したことが混在していた。そして、当時は経済・安全保障のほぼすべての面においてアメリカに依存しながらも、冷戦構造という国際状況のなかで日韓関係の改善を要請したアメリカの東アジア戦略への積極的な反発が交錯していた。その観点から、李承晩政権の対米・対日政策の検証を続けている。
この時期の先行研究は、朝鮮戦争やその休戦協定の過程、また米韓相互防衛条約の締結過程に集中している。李承晩の国家建設期の安全保障構想と、その構想が政策に及ぼした影響を日米韓関係の枠組みで検証することは、韓国外交史を再評価する上で重要な意味を持つと考える。李承晩政権期をはじめ、戦後における日米韓関係を検証することによって、現在の日米韓関係の歴史的経緯が明らかになると考える。
そこで本研究では、アジア集団安全保障体制(李承晩が当時提唱した構想は、いわゆる「太平洋同盟構想」という)結成のための李承晩政権期における日米韓関係の協力と対立と葛藤を分析する。本研究の問題意識は次の通りである。すなわち、①日本との協力が不可欠であることを知りながらも李承晩はなぜ反日本主義を克服できなかったのか、②太平洋同盟構想はなぜ失敗に至ったのか、③太平洋同盟構想の失敗と米韓相互防衛条約の締結とはどのような関連性を持つのか、ということである。太平洋同盟構想の推進過程において、李承晩は時としてアメリカと日本に対して対立と葛藤の様相を呈した。したがって、太平洋同盟構想の推進過程と対応を分析することは、対米・対日政策の形成過程を確認する上で重要な役割を果たすと考える。本研究では、以上のような問題意識に基づき、外交文書と談話の解釈を中心に太平洋同盟構想の推進過程と対応を分析した。
李承晩は日本植民地時代から抗日運動をしながら絶えず日本に抵抗してきたが、日本国自体に対する極端な否定的認識は見えず、むしろ李承晩の談話、外交文書を通じて見ると多様な対日認識を見せていた。戦後の国家建設、戦争で疲弊した韓国の回復、そのような状況のなか、アメリカを中心とした西側陣営の世界秩序のなかで韓国の国益と位置を確保する努力の一環として反日姿勢をとったのであった。混乱した国内政治状況で勢力を集めるための反日、民族主義的立場での反日、実際に日本の再軍備に対する警戒としての反日、アメリカの日本中心の東アジア政策に対する不満と危機意識から現れた反日。要するに、李承晩の反日は、民族主義的なナショナリズムから出発したとは言い難く、日米関係の変化によって左右されるものだった。これは李承晩の対日認識の根底に米国の対日政策に対する批判が根付いていることが分かる。
太平洋同盟構想の限界は、太平洋同盟構想への日本の参加を排除しようと試みたものの、これらの提案がアメリカによって受け入れられないことを予想できたことである。日本を中心としたアメリカの東アジア政策は、それに対する批判から李承晩政権に反日感情や日本警戒感情を生み出した。戦後アメリカは日韓がパートナーになることを望んだが、これは日本をパートナーではなく競争相手として認識する結果を招いた。一方、韓国の一部では、太平洋同盟はアメリカの参加と日本の経済的貢献を土台にすべきことであり、そうでなければ同盟の成功は保証できない、と冷静に日本の参加を主張した者もいる。
李承晩政権は、日本に対する警戒を示しつつ太平洋同盟構想を積極的に主張して安全保障面における韓国の役割を強調し、アメリカからの支持を得るための凄絶な努力を行なった。一方、日本は、初期段階では太平洋同盟に関心と理解を示したものの、国内外的な要因により距離を置くようになる。結果として太平洋同盟の参加に関する日韓の利害共有はあったものの、日本を再建し東アジア地域の経済と安全保障を任せようとするアメリカの政策に対して李承晩は反発し、これは自然と李承晩の日本警戒を呼び起こした。太平洋同盟構想の失敗により、李承晩政権は韓国の安全保障のために韓米相互防衛条約の締結に命をかけざるを得なくなる。
太平洋同盟構想の性格は、以下の3段階に分けられる。1949年に初めて提唱した際は、集団安全保障の意味合いが大きかったが、朝鮮戦争以後はアメリカとの相互防衛条約締結を通じた韓国の安全保障を重点とした性格へと変わり、韓米相互防衛条約締結以後は、反共に対する日韓両国の理解の差により日本牽制の意味がさらに大きくなったことが分かる。
先行研究では太平洋同盟構想に関する日本国内の外交文書や世論の分析がほぼ言及されていないことに着目し、忠実に資料分析を行なって、太平洋同盟構想をより深く検証していきたい。そして、中華民国やフィリピンとの関係を組み入れ、比台韓関係という構図から対米・対日関係の分析を試みたい。加えて、李承晩の反日政策が当時冷戦最中の南北関係、すなわち北朝鮮の外交的動きに敏感に反応したことを分析に加え、同盟の枠組みのなかでそのような視点を解明していきたい。
2021年5月