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研究助成

成果報告

2019年度

海外派兵と政党政治――日本とドイツを例に

東京大学大学院総合文化研究科 特任研究員
髙島 亜紗子

 海外派兵を巡る問題は各国にとって大きな問題である。特に、第二次世界大戦の敗戦国である日本とドイツにとっては重要な問題であり、これまで海外派兵をめぐる日独比較研究ではその類似性が指摘されてきた(Katzenstein 1996; Berger 1998)。一方、日本及びドイツの一国研究においても、海外派兵を巡る政策変更は大きな注目を集めてきた。いずれの場合も冷戦終結を境に、日本とドイツが政策変更したかどうかという点に議論の焦点が当てられてきた。ドイツではマウルの研究を契機としてドイツが「普通の大国」になったか否かという議論が展開された(Maul 2000; Maul 2004)。日本研究においても、日本の外交政策が変化したことを文化論的観点から分析する研究が多く見られている。(大山2015; 藤重 2018)。
 本研究はこうした先行研究に対して、政党政治の側面から新たな知見を見出そうとするものである。多くの先行研究は日独両国の派兵政策を規範から説明し、冷戦期の日独両国が「反軍国主義的」な文化を持つと主張した。確かに、両国は敗戦国として戦後に軍事力の保持を禁止された。そしてその後の経済発展や冷戦の変化により1950年代には軍事的役割が期待されるに至り、冷戦終結後の湾岸戦争では、共に連合軍への協力を求められた。しかしこれを憲法違反として退け、経済的援助に終始した。こうした対応は「小切手外交」と呼ばれ、強く批判された。これらの点で両国は長らくその共通性を指摘されてきた。
 しかし、両国には相違点もある。最大の違いは派兵したミッション数、兵士数だ。ドイツがこれまで 80 のミッションに 約42 万人派遣したのに対し、日本は 48 のミッションで約 4 万人に過ぎない。先行研究の政治文化論ではこの違いを説明できない。
 そこで本研究は政党政治、とりわけ野党の役割に注目する。安全保障政策研究では、仮に政党を重視する研究であっても、政策立案能力を持つ与党が分析対象となってきた。だが、本研究は、野党が派兵に批判的であることこそが派兵政策の消極性を維持してきたと考える。また、日独の政策変化については近年一国研究が増えており、比較事例研究は減少している。しかしながら、一国研究はその分析が当該国独自のものか自明でなく、政策「変化」が過剰に意識されてしまう。本研究は日本とドイツを比較し、海外派兵の消極性が何によって規定・変更されるのかを分析する。
 上記の問題意識に沿って、本研究は「与党は同盟国の要請を受けて派兵に積極的になる一方で、野党は党のアイデンティティに従って派兵に賛成・反対する」という仮説を立て、これを検証する。これによって、海外派兵への積極性が野党の政策選好によって決定されていることが明らかになる。分析手法は量的分析手法と質的分析手法の双方を扱う。量的分析手法では、日本とドイツの各政党によって出された公式文書(党大会の議事録等を含む)や議会議事録をもとに、corpusデータを作成する。政党による公式文書では対外イメージについての語りに注目する。一方、議会議事録では主に政党間競争に注目し、与野党が海外派兵を議論する際の対立軸を分類する。
 また、質的分析では、両国の各政党の公式・非公式文書に着目し、過程追跡を行う。これまでにもドイツに数度渡航しており、今後も新型コロナウイルスの感染状況を考慮しながら、渡航する予定である。ドイツでは各政党の財団が持つ文書館に赴き、政党内でやり取りされた文書を中心に、党内でどのような議論が行われていたか、どのように議論が変化していったかを中心に分析を加える予定である。湾岸戦争での多国籍軍に自衛隊が参加できなかったことは、長らく日本外交にとって乗り越えるべき壁となってきた。こうした現実の政治的観点からも、本研究の意義があると考える。
 最後に、今後の課題として、本研究対象を日独比較分析のみにとどめず、さらに広げていくことを目指している。派兵政策の転換については、従来日本とドイツが注目されることが多かった。しかし、冷戦終結とそれに伴う国際環境の変化は世界各国が経験したものである。本研究者の究極的な研究関心は、こうした国際環境の変化の中で、各国でどのように海外派兵が決定され、或いは否定されるのかを体系的に多国間比較することにある。このため本研究では、派兵に消極的とされてきた日独両国を取り上げ、その「消極性」に差異が見られること、そしてそれが野党の選好から導かれることを明らかにする。本研究によって、日本とドイツだけでなく、海外派兵に「積極的」とされる国家における政策変更についても、その因果関係について分析を始める端緒となると考えている。本研究を博士論文として提出した後には、他の地域の専門家からなる研究グループを作り、多国間比較研究へと発展させていく所存である。


2021年5月

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