成果報告
2018年度
マレーシアにおけるイスラーム金融の社会史
- マレーシア国民大学民族学研究所 博士後期課程
- 北村 秀樹
研究の意義・目的
本研究は、社会学・人類学の観点から無利子金融として知られるイスラーム金融にアプローチしている。先行研究において、中東湾岸諸国と比べて、イスラーム的に緩いと評される傾向にあるマレーシアのイスラーム金融の発展史をアクターの視点から描くことを本研究の目的とする。本研究の意義は、イスラーム理論の観点から批判をするイスラーム経済学者と市場の現実に直面する実務家との間に存在する認識的差異を埋めることにある。
研究成果及び研究で得られた知見
既に公刊済みの研究成果は以下の通りである。第一に、マレーシア初のイスラーム銀行であるバンク・イスラームのパイオニアたちは、中華系マレーシア人が主たるアクターであった1980年代の利子を扱う金融業界において活躍する、一握りのマレームスリムであった。政府から、マレームスリムの金融産業への参加を促進すること、また、当時のマレーシア経済の中核を担う非ムスリムにも受け入れられる金融を提供することを期待されていたこともあり、パイオニアたちは従来型金融から利子にあたる部分を取り除くことで、競争力のあるイスラーム金融を提供しようとした。先行研究において、イスラーム金融と従来型金融は対立的なものとして扱われる傾向があるが、パイオニアたちは従来型金融を否定するよりむしろイスラーム金融を提供するための参考にした。つまり、彼らは、従来型金融に対して批判的なイスラーム経済学者とは異なる認識をもっていた。今後、マレーシアの比較対象としてあげられる中東湾岸諸国のパイオニアたちが、どのように従来型金融を認識していたのかという点も調査される必要があるだろう。上述の調査の内容は「Who Pioneered Islamic Banking in Malaysia? The Background of thePioneers of Bank Islam Malaysia Berhad」と題し、Contemporary Islam (14(1),2020)に掲載。
次に、2000年代にイスラーム金融市場の自由化に伴い設立された中東由来の3行のイスラーム銀行のマレーシア市場への適応過程に着目した。特に、中東由来の金融商品をマレーシアに導入し地域間の隔たりを埋めたと評されるクウェート・ファイナンス・ハウスに焦点を当て、事例研究を行った。当行は、クウェートでの金融取引の手法にこだわる傾向があると先行研究において指摘される一方で、マレーシア市場への適応過程において、取り巻く法律や、他の市場参加者の影響を受け、その手法を大きく変更させたことが本調査で明らかになった。特に、自動車ディーラーが関わるリテール銀行業務において、設立以来用いてきたオリジナルな金融手法やそれを修正したものなどをマレーシア市場でも試みたが機能せず、結果として、マレーシアにおける他のイスラーム銀行と同じ商品を使うことになった。利子の代わりとして融資対象の資産を売買し、その際の手数料を利子の代わりとする特徴のため、単に顧客との融資関係だけでなく他の市場参加者との取引関係が必要になるイスラーム金融業では、ローカルな取引慣習や市場論理が、銀行の商品選択に強く影響することがわかった。そのため、先行研究においてしばしば見られる、マレーシアと中東湾岸諸国間のイスラーム金融の実践の差異を、各地域において主流なイスラーム法学派の見解や厳格さの違いに帰する主張は再検討される必要がある。さらに、マレーシアだけでなく、他国の市場において、イスラーム金融のアクターが、様々な市場参加者との関係の中で、どのようにして金融手法を形成したのか、その歴史過程を調査する価値があるだろう。本調査の内容は、「A Reconsideration of Middle Eastern Islamic Bank Practices in Malaysia」と題し、Journal of Business Anthropology (9(1), 2020)に掲載。
今後の課題・見通し
マレーシアと中東湾岸諸国間のイスラーム金融の実践の差異を生み出している要因を検討するために、マレーシアに展開するクウェート・ファイナンス・ハウスが拠点とするクウェートのイスラーム金融の発展史を調査する。マレーシアの事例と同様に、長期滞在し、現地の公文書館、図書館、新聞社の資料館などでのアーカイブ調査や、イスラーム金融の発展に貢献した金融実務家や中央銀行職員へのインタビュー調査を行う予定である。インタビュー調査の協力者は、マレーシアでの調査協力者からの紹介もあり、既に数人集まっているが、COVID-19の影響もあり、いつクウェートへ渡航できるか不確定なので、現在は、アラビア語の学習と二次資料の収集を行っている。さらに、マレーシアの事例に関して3本の論文が査読中なので、その掲載を目指したい。
2020年5月