成果報告
2018年度
写真のリアリティ再考――SNS写真における加工・修正・被写体選択の点から
- 九州大学大学院人文科学研究院 専門研究員
- 江本 紫織
研究の動機・目的
写真論の領域において、写真は撮影された現実とのつながりを持つ客観的な像であり、事実や真実を伝えるものと考えられてきた。しかし、実際には撮影された現実と一致しないにもかかわらず、写真の示すものが「現実」として扱われることがある。このような不一致は、加工・修正など写真の生成・提示の段階で生じる。また、報告者がこれまでに明らかにしてきたように、観賞によって意識される「現実」が、写真の観者によって再構成されたものであることにも起因する。加工・修正の有無にかかわらず、観賞においてのみ成立する「現実」が存在すると考えられるのである。このような事例は写真の特異性とはみなされず、十分に考察されてこなかった。そこで本研究では、従来の議論を再考し、このような「現実」の成立条件と「現実」とみなし得る構造を明らかにすることで、現代の写真におけるリアリティの性質と構造の一端を理論化することを目的とした。
研究の意義
本研究は、写真論において通説となってきた「現実」観を問い直すことにつながると考えられる。また、リアリティは、写真だけの問題ではない。携帯端末や通信環境の技術的な発展により、私たちはメディアを介して実に多くの情報を得ている。メディアと現実は不可分な関係にあるが、中にはフェイクニュースのように、虚構的なものがそれとわからずに浸透するなど、虚実が複雑に絡み合った事例が多く存在する。リアリティの問題が現代の様々なメディアに通底するものであるとすれば、写真のリアリティの再考は、私たちがメディアを介して何をどのように取り込み、様々な「現実」と関わっているのか、その構造を明らかにすることにもつながると期待される。
研究成果・得られた知見
写真におけるリアリティ、虚構性の性質と構造を明らかにするため、虚構的な要素を含む事例を幅広く収集・分析した。これらの結果を写真論やメディア論、関連する虚構性の議論と照らし合わせ、以下の点を明らかにした。
(1)写真における虚構性と「現実」とみなされる際の基本構造
写真が現実世界と乖離する要因とそのような写真が「現実」とみなされる構造を探るため、写真やその観賞にどのように虚構性が入り込み、如何に意識されるのかを検討した。SNSに投稿された写真(以下「SNS写真」)と藝術、広告など、様々なジャンルの写真を分析すると、虚構性が関わる段階は、(A)撮影から提示までと(B)観賞以降の2つに分類できた。程度の差こそあれ、虚構性はあらゆる写真に組み込まれている。したがって問題は、これらの虚構性をどのように位置付けるかであると考えられた。
たとえば、従来考えられてきた写真のリアリティとは、撮影された対象、(A)、(B)の三項間のずれが少なく、写真を「正しく」現実世界の中に位置付けることができるものだった。これに対して、(A)/(B)の虚構性に意識的・無意識的に注意を向ける場合、各段階における現実性・虚構性が観賞によって前景/後景化する中で、一つの「現実」が形成されると考えられた。この時、(A)/(B)の虚構性の背後に事実としての現実の存在が意識されることもあれば、逆に虚構を「現実」と関連付ける事例も存在した。後者の場合、虚構的なものと関連付け得るような「現実」が形成されるため、虚構性を含む場合であっても擬似的な「現実」として扱うことが可能になると考えられた。
(2)SNS写真における虚構的な「現実」の作用
写真における虚構性は、その作用や写真のタイプによって、ある程度の類型化が可能であった。このことを念頭にSNS写真を考察すると、これらの虚構性には、SNSの構造に由来するものがあると考えられた。たとえば、SNS写真の観賞によって形成される「再構成された現実」は、物理的な現実世界と類似した更新可能性を持つ。そのため、虚構的であっても「現実」のように扱いやすい。一方でSNS写真は、見知らぬ他者の現実を提示する傾向にある。このような中で過度な加工・修正や「インスタ映え」写真のような非現実的な印象を与える被写体の選択は、実際の現実を隠す記号的役割や、心理的に距離のある現実への違和感を緩和し、コミュニケーションを円滑にする役割を果たすと考えられた。
今後の課題・見通し
本研究を通して、写真のリアリティに含まれるものが実に多様かつ複雑であることが明らかになった。一方で、「現実」を成立させる虚構性がどのような役割を担っているのかについては、検討の余地がある。そこで今後は、特に研究成果(2)について、理論的に補完する作業を進める。観賞において形成される虚構的な「現実」の性質と役割、物理的な現実世界との関係について考察を進めることで、写真のみならず、関連諸メディアにも応用可能な理論の構築を目指す。
2020年5月