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研究助成

成果報告

研究助成「地域文化活動の継承と発展を考える」

2018年度

移住した震災ボランティアと地元住民がタグを組んで実践するまちづくり

常磐大学人間科学部 教授
旦 まゆみ

研究の成果および進捗状況

この研究は、第一に、人口減少が進む地域で生きるための新しいライフスタイルを提示している地域文化活動の実践者である移住者の生活実態を調査、記録し、第二に、その生活圏を地理情報システムGISでデータ化することにより、地域通貨も視野に入れた地域経済生活圏の構築を目指すことで、まちづくりに寄与するものである。さらに、調査対象である宮城県気仙沼市だけでなく、他の地域おこしの指標となるための明瞭なデータを提供することを目的としている。

筆者らは、気仙沼市に移住した若者へのインタビュー調査をもとに、2018年11月に移住者へのウェブアンケート調査を実施し、その移住目的、仕事、時間およびお金の使い方、地域の人たちとのかかわり方について検証した。その結果、交通の便が悪いなどの地理的な条件はあるものの、やりたい仕事ができて、親しい人がいるなどの理由から移住していること、経済的に自立して熱心に働き、ワーク・ライフ・バランスをとりながら、全体的な満足度も高いことが明確になった。同時に、インターネットが普及している時代の中、移住者は、仕事以外でもSNSを使って活発に仲間との交流をおこなっていることが明らかになった。

しかし、移住者は転入人口の一部であり、その定義も明確ではないため、気仙沼市役所との連携を図り、震災後の転入者対象にアンケート調査を実施することとした。2019年3月に2500件の転入者をランダム抽出し調査票を送付したところ、回収率22.28%で多くの熱心な回答が寄せられた。転入者の半数以上は20代から30代の若年層であり、半数が既婚、持ち家と実家居住を合わせると半数以上、「ずっと住む予定」は46%である。また、転入の理由から、転勤組と非転勤組に分けて分析すると、「気仙沼を自分のふるさとにして暮らす」への回答では両者に統計的に有意な差が認められた一方、両者合わせて38%が定住志向、判断保留者を加えると6割以上を定住者として取り込むことが可能と考えられた。また、生活の中で困っていることに関する記述も多く寄せられたこともあり、この大規模調査の結果をふまえて、人口6.3万人の気仙沼市における移住・定住を促進する方策を検討、実施していくことが次のステップとなる。

他方、転入者の位置情報を得ることは、個人情報保護の観点から今回の調査では叶わなかったため、空間情報分析については今後の課題となっている。

しかしながら、地域経済の循環を図るという地域通貨に関する研究については、海外を含む他地域との比較研究を進めており、人口減少の中で助け合いを含む地域内の交換システムの構築という面で、可能性を見いだすことができると考えている。

また、気仙沼における主要産業である漁業の将来を考えるために、地域の漁業者に集まってもらい、漁業経済学の専門家である濵田武士氏を招聘し唐桑地域で漁業セミナーを開催したことは、今後の地域産業間の連携の一つの形として、まちづくりに資するものとして継続する価値を見出している。

研究で得られた知見、今後の課題

2019年7月に東京で開催された国際地図学会では、気仙沼への移住者を対象としたウェブアンケート調査の結果から得られた知見として、移住者の満足度は「地元の人との交流」、「仕事の内容」、「居住環境」、「時間の使い方」との関連が高いことを報告した。また、44%の回答者が毎日地元の人と交流があること、週2〜3回を含めると65%の移住者が地域の人たちと行き来していることが明らかになっており、地域の受け入れ側の人たちの力が強いことが伺われる。最も近くにいる親しい地域の人は、徒歩で平均2分43秒の地点、車では平均10分6秒の地点に位置することが回答から得られ、地図上に図示し発表した。

地域通貨の研究については、2019年9月に岐阜県高山市における国際地域通貨学会にて、セッション報告を予定しており、気仙沼のリネリアおよびクルーシップを事例として、地域通貨を教材として利用することにより、若い人たちが地域を知りまちづくりに参画するためのツールを提示する。これは、同じセッションで報告があるドイツのキームガウアーという地域通貨にも適応できるものであり、GISを使って地図上に図示することを通して、世界中でまちづくりに活用することができる教材として革新的なものである。

今後の課題としては、第一に、気仙沼地域において、起業支援や事業継続支援について、調査を通じて得られた知見に加えて、他の先進地域との連携により強化していく方策を考案することである。移住者を含めて転入者にとって不可欠な仕事を生み出すことを教育の面だけでなく、事業化の方向で検討することが重要である。

そして第二に、地域において移住者を受け入れるための環境として、どのような条件が必要なのかを詳細に追究していくことが課題である。そのための試みとして、筆者らが検討しているのは、地域社会の発展過程の中で、各戸に付けられた屋号がどのように発展してきたのかを調査し、空間的に分析することを視野に入れている。

2019年8月

サントリー文化財団