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研究助成

成果報告

人文科学、社会科学に関する学際的グループ研究助成

2018年度

第二次世界大戦後の国際海洋秩序の展開に関する学際的研究

奈良大学文学部 准教授
山口 育人

本研究は2017年度に引き続き、20世紀国際海洋秩序の展開を学際的共同研究によって検討した。そのうえで、21世紀の国際海洋秩序のあり方として提起される、①米中G1/G2体制のもとでの「帝国的海洋秩序」、②Gゼロという「秩序の不在」、③Gプラス呼ばれる「国際共通利益の場」としての海洋、④主権国家によって海洋が「切り分けられる」、4つの可能性について、それぞれの歴史的位相を理解することを目標に研究を進めてきた。

研究代表者・分担者の個別報告と全体討論を行う研究会を4回開催したが、本年度からは、第二次世界大戦後のインド洋をめぐる国際関係について、冷戦ならびに英米覇権交代の視点から議論する小川氏を共同研究者に加えた。また、21世紀中国の海洋進出に関する知見を得るため畠山京子氏を2度、研究会に招へいした。研究代表者・分担者5名の研究分担は次のとおりである。喜多康夫(1930年代国際法典編纂会議とイギリスの国際海洋法観)、池田亮(スエズ動乱(1956年)後の運河国際管理問題)、新井京(1960年代末ローデシア制裁ベイラ・パトロールにおける海上封鎖問題)、小川浩之(サイモンズタウン協定(英・南ア)と1950~70年代にかけてのインド洋国際関係)、佐藤尚平(イギリスの撤退(1970年代初頭)とペルシャ湾の海洋秩序)、山口育人(第3次国連海洋法会議と1970年代国際政治・経済秩序の変容)。

今年度は、「開かれた国際海洋秩序」の根幹をなす「海洋の自由 high sea freedoms」という原理が、20世紀の国際政治上いかなる意義をもったのか考察することを共同研究の中心課題とした。具体的には、「海洋の自由」原理について、英米それぞれの覇権下での様態と英米覇権交代に伴う変容を、個別研究事例をもとに検討してきた。そして、2点が指摘できると考えるに至った。

(1) 「非公式帝国」ならびに「海洋からの大陸への影響力行使」を覇権の特徴とした英米とも、大洋や重要航路での商船の航行や軍事活動を「海洋の自由」において重視した。その一方で両者とも、沿岸国の海洋利用の自由確保を早い段階から意識していた。20世紀、英米自身が「帝国的海洋秩序」と「海の主権国家化」という2つの性格を区分けしながら、海洋秩序を考えていたことが指摘できよう。

(2) 20世紀後半、脱植民地化、海底資源開発、環境問題などを背景に、主権国家による海に対する排他的権利要求が拡大した。しかしそれは「開かれた国際海洋秩序」を必ずしも切り崩してゆくものではなかった。このことは、スエズ運河に関する重要航路としての国際管理体制の出現/イギリス撤退後のペルシャ湾情勢/英米覇権交代と米ソ「グローバル冷戦」の場としてのインド洋国際関係の展開/第3次国連海洋法会議での「海洋の自由」をめぐるソ連と西側諸国の一致/「海洋の自由」と主権国家の権利との共存としてのEEZ、これらの事例から理解できる。

「海洋の自由」を根幹とした「開かれた国際海洋秩序」は、ユーラシア大陸を大洋から「支配」する英米覇権を支えたが、21世紀初頭の段階でも、冒頭に挙げた③あるいは④が実現している程度は低い。残る①、②であるが、覇権の行方によって決まるということになるが、ただし中国(あるいは別な新興勢力)が陸を基盤とする勢力となるならば、新たな国際海洋秩序が出現するかもしれない。これが、本共同研究から見ることができる、21世紀国際海洋秩序がもつ4つの可能性についての歴史的位相である。

2019年8月

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