サントリー文化財団

menu

サントリー文化財団トップ > 研究助成 > 助成先・報告一覧 > 新技術「船舶自動識別装置(AIS)」が再認識させる日本の海洋法政策のジレンマ-日本領海内「国際海峡」存在認定問題とその対応方法-

研究助成

成果報告

人文科学、社会科学に関する学際的グループ研究助成

2018年度

新技術「船舶自動識別装置(AIS)」が再認識させる日本の海洋法政策のジレンマ-日本領海内「国際海峡」存在認定問題とその対応方法-

大阪大学大学院国際公共政策研究科 教授
真山 全

I. 主題と目的-AISデータと日本のジレンマの再認識

2018年8月から翌年7月迄行われた「新技術『船舶自動識別装置(AIS)』が再認識させる日本の海洋法政策のジレンマ―日本領海内『国際海峡』存在認定問題とその対応方法-」研究は、船舶自動識別装置(AIS)データから日本領海に通過通航権が適用される国際海峡があるかを検討するものである。国連海洋法条約上国際海峡は領海で覆われ公海(EEZ)同士を結ぶ「国際航行に使用される」海峡で、そこでは通過通航が認められ、核兵器搭載艦を含む潜水艦軍用機も通航権を持つ。AISデータで船舶通航量が算出できれば国際海峡か否かの判断は容易になる。

通過通航は米にとり重要ながら、日本は中国海軍の日本海峡通過通航を認めたくない。日本が国際海峡を制限的に解せば米の足を引っ張るが、米と同じリベラルな解釈なら中国海軍通過通航を制限できないジレンマが生じる。早晩中国もAISデータの意味に気が付き、日本海峡で通過通航権行使を主張してくるであろう。

AISは船名・位置・針路・速力等をVHFで自動送信するもので、船舶衝突防止等のため一定の船舶への搭載が海上人命安全条約で義務付けられる。海峡通航量の信頼できる統計はなかったが、AISによりそのような統計を初めてしかも世界的規模で入手できるようになる。AISデータという動かぬ証拠から通過通航を外国から主張される前に対応を考えるのが本研究の目的である。

II. 政策的意味-多方面の専門家により明らかになった「不都合な真実」の直視

日本は宗谷・津軽・対馬東/西・大隅の五海峡に非領海回廊を設け通過通航適用を回避してきた。1977年領海12海里化で領海で覆われると通過通航が始まり、核兵器搭載艦通過容認義務も生じ非核三原則とも抵触するため海峡中央部を領海から外したのである。他に通過通航制度適用のある海峡が見つかると不都合で、日本は以来40年間沈黙を続ける。しかし2016年に中国軍艦が通過通航と明言しトカラ海峡を通った。沈黙していれば済む時代は過ぎ「不都合な真実」を直視し、通過通航のありそうな海峡をAISデータで特定して対応を考えるのが本研究であり、航法電子機器・艦船航空機運用・シミュレーション・国際法・安全保障の諸研究統合をその特徴とする。

III. 2018年度の具体的成果-幾つかの日本海峡通航量の確認と日本的問題内包の普遍性発見

当研究チーム専門家参集の主な研究会・調査は、2018年9月[構成員の各専門から海峡解説];同11月[AIS運用分析];同[南西諸島分析];同[AIS運用細部分析];2019年2月[中国関係者中国国内法解説];同3月[米海軍大学校航行自由作戦解説];同[北大北極域研究センター北極海航路解説];同5月[JAXA衛星AIS運用解説];同6月[東京海洋大学で中国研究者招聘研究会]等である。AIS沿岸局運用機関の多大の御協力及び上記研究会での分析で日本西部海峡調査をほぼ終え、予想以上の通航量を確認した。今後は他の日本海峡及び比較対象の外国海峡の調査に入る。また、本研究は特殊日本的問題から出発したが、これが通過通航を嫌う諸国とそれを推進する諸国の対立という海洋法上の普遍的問題の出現形態でもあることもよりはっきり認識できた(最近では北極海海峡通過通航を主張する米に露の他加も抵抗し、西側諸国間でも対立顕在化)。これらの研究成果は論文として公刊の予定である。

2019年8月

サントリー文化財団