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研究助成

成果報告

人文科学、社会科学に関する学際的グループ研究助成

2018年度

グループの規模がその行動に与える影響の研究

金沢大学国際基幹教育院 准教授
藤本 茂

本年度も次を本研究のテーマとしている。グローバリゼーションが語られる一方で、社会資本としての地域のネットワークや、顔の見える人的つながりである社交の重要性も、つとに指摘されている。その中で注目すべき現象の一つに、インドや中国など、桁外れの人口規模を誇る国の急速な台頭があげられる。こうした国のガバナンス(統治)は、小国のそれと質的に同じであろうか。これを受けて、この研究の目的を以下の二点に置く。

(1) グループ(集団)の規模が、グループの統治や対外行動にどのような影響を及ぼすのか。

(2) 多様な規模の集団が混在するシステムが、全体としてどのような振る舞いをするのか。

この目的を達成するため、昨年度を踏まえ、本テーマのベンチマークたる「国家の規模と統治」を事例に、一度の研究会と二度の研究合宿を通じて文理融合型研究を継続した。そこで得られた現在までの知見と今後の取り組みが以下の六点である。

1) 統治には様々な状態・様態があり得る。世界銀行が作成する2017年・204カ国/地域の統治指標(Worldwide Governance Indicators)では、6指標(Voice and Accountability/ Political Stability and Absence of Violence/ Government Effectiveness/ Regulatory Quality/ Rule of Law/ Control of Corruption)を用いて諸国の統治の特徴を捉えようとしている。そこでこれを用いてクラスタ分析(最遠隣法、平方ユークリッド距離)を実施した。その結果、諸国は「先進国:日・米・英・独・加など」「先進国第二集団:仏・韓国・台湾など」「安定中進国:ブータンなど」「腐敗中進国:伊・ギリシャなど」「安定途上国:北朝鮮など」「途上国:中・印・露・ブラジル・メキシコなど」「不安定途上国:トルコ・パキスタンなど」「失敗国家:アフガニスタン・イラク・ソマリアなど」の概ね8種類に分類された(以下を含め各々の分類名称は仮称)。さらに、最も構成国/地域の多かった「途上国」について別途分析を加えた結果、「普通の途上国:ブラジル・印・メキシコ」「適当権威主義途上国:露・ベトナム・カンボジアなど」「制度的権威主義途上国:中・マレーシア・タイなど」の3種類に分類された。この時、インドと中国は別集団に属し、特に中国は資源に恵まれ比較的豊かな「王国」と同じクラスタに分類されるという興味深い結果を得た。規模に関して言えば、香港とシンガポールの下位クラスタや、島嶼国が集まる下位クラスタがある一方、大規模国は多くのクラスタに分散していた。

2)国家の統治を考える際、近年のデータサイエンスの発展がもたらしたデータ処理や人工知能などの技術革新のおよぼす影響を考慮する必要がある。なぜなら、監視能力の向上によって、一部の小規模国に見られる統治レベルの比較的高い権威主義体制の実現可能性が生まれるからである。(上記(1)に対応。)

3)現実世界では、インドや中国の台頭に加えて、グローバル化の進展とともにEUなど国家の統合・大規模化が観察されてきた。その一方で、イギリスのEU離脱やスコットランドの独立、ベルギーの南北分裂やスペインのカタルーニャ地方の分離独立の模索など分裂・小規模化を志向する側面も示している。この統合と分裂が並行する事実は、形成された集団が適切に統治され得る規模の模索過程とも理解できると同時に、分裂・小規模化現象は昔の「王国」が依然としてある種の適切な規模であり続けているという興味深い事実を示している。(同(2)に対応。)

4)様々な要因が複合的に交錯する複雑な現象である2) 3)の分析には、我々が長年経験と実績を蓄積してきたエージェント・ベース・シミュレーション(ABS)の手法が有効である。

5) 4)を実施する上で「そもそも複雑な関係性をABSで表現するとき基礎となる関係性がわかっていないと難しい」、「パワー、安全保障、景気や幸福など、社会科学が取り扱う現象が、実はよくわからないもののであり、人が概念定義をして初めて取り扱える」という問題点が明らかになった。

6) 5)を克服するために情報学分野でBody of Knowledge(知識体系: BOK)と呼ばれる技術を拡張発展させることが有益との着想を得て当該技術の開発に着手している。BOKとは、古典や公文書を含む各種文献やインターネット上の発言など関連するテキストデータを収集し、適切なキーワードを自動収集する人工知能を内在するシステムのことである。

以上述べてきた本研究の特色は、国際政治学・国際政治経済学・経済学・複雑系科学・進化ゲーム理論・知能情報工学など多様な専門分野での十分な実績に加えて、学問的割拠状況を打破する意欲と経験の豊富なメンバーで構成される研究グループが、真の意味での学際的な協力を実現し、理論的に興味深く、実践的にも意味のある知見を獲得するための萌芽的かつ挑戦的な取り組みである点にもとめられる。頂いた本助成を契機に、近い将来に一定の学術成果を得るべく今後も当グループの研究活動の深化に邁進したい。

2019年8月

サントリー文化財団