成果報告
2018年度
ODA問題案件と「新たな依存」に関する歴史・政策的研究
- 東京大学東洋文化研究所 教授
- 佐藤 仁
本研究は、1980年代から2000年代にかけて日本がODAのトップドナーとして支援してきたタイ、ベトナム、アフガニスタン、スリランカなどに注目し、「失敗」として厳しく批判された案件の「いま」を追跡することを目的とした。特に現在でも観察可能なインフラ事業や無償供与機材に着目し、問題案件の「その後」を複数国で比較し、開発事業を通じて形成される国家と社会の相互依存構造の中でODAが果たす役割の解明を目指す。
チームメンバーは本年度、スリランカ、東北タイの造林事業、アフガニスタン、ベトナムなどで調査を行った。昨年度のスリランカ調査で明らかになったインフラ整備と人口流出の関係について、今年度はスリランカ政府による開発事業の全体像について調査を行なった。農村部の道路整備が急速に進められた中央州の農村調査から、公共交通の利便性が改善したために人々の非農業就業率は高まった一方で、整備が進む前よりも都市部への人口流出が減少したことが明らかとなった。インフラ整備が人口の都市流出を引き起こしやすくすることは知られているが、スリランカは他の東南アジア諸国と比較しても特有の現象が起きていそうである。こうした現象がなぜスリランカで起きるのか(他のアジア諸国では起きないのか)、農村開発の長期的なインパクトについて、現在は史料調査を行なっているところである。
また、昨年度ミャンマーで行った「実施されなかった事業」の研究を深めるため、今年度は、2000年代前半に日本政府が数年に及ぶ事前調査をしたにもかかわらずODA供与を断念したベトナム中部のターチャック多目的貯水池事業を調査対象とした。調査では、日本が事前調査報告書で勧告した19項目が、ODAが供与されない中でどの程度実施に移されたかをフエ大学の協力を得て資料分析を行った。結果としては19項目の多くが尊重されているものの、事前調査段階から問題点が指摘されていた住民移転などで実施されていない項目が存在していることも明らかになった。資料分析だけでは根拠が不十分で、かつ、実施されなかった理由まではわからなかったが、問題案件に日本のODAが関与する意義とリスクを検討する上で、「実施されなかった事業」の研究が1つの切り口になりうることが示された。
タイでは、昨年に最初の訪問をした東北地域のユーカリ植林の「その後」をチームで確認し、議論するために二回目の訪問調査を実施した。今回は、昨年度は見られなかったコミュニティー林の植林地を訪問し、村人たちへの聞き取りを実施した。また、同調査チームとともに、サムットプラカン汚水処理事業の跡地を見学した。ここは、円借款で建設されたものの、その後、地域住民から環境汚染への反対運動が起こったことにより中断し、現在は廃墟と化している。反対運動を中心的に展開していた現地住民の案内の下に、地元住民数名と、ディスカッションを実施した。また、参加したメンバーで研究会を開催し、各自の研究の進捗の発表と計画中の共著出版についてアイディアを出し合う場を持った。
今後は、2019年10月14日にタイのバンコクで開催予定の 国際会議Development Studies in Asia にメンバーの佐藤仁、松本悟が参加予定で、本調査の成果の一部を報告する予定である。また、2019年11月15-16日に予定されている国際開発学会全国大会では「開発協力史への多様なアプローチ」というセッションを組み、開発やODAの問題に歴史的に迫ることの意義を討論する予定である。
最後に、今回の共同研究を出版する可能性については、目下、日本評論社の編集者と相談を進めており、『国際協力の想像力―経験とイメージの伝え方』と題した共編著を計画中である。今後は、自立と依存という元来の問題関心に立ち返り、今回の研究成果を単著としてまとめる作業を継続していく。
2019年8月