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研究助成

成果報告

人文科学、社会科学に関する学際的グループ研究助成

2018年度

インターネット時代のオーラル・ヒストリー -次世代による基盤整備と刷新

東京大学先端科学技術研究センター 助教
佐藤 信

オーラル・ヒストリー(以下OH)は、今や各分野の学問の発展において不可欠であるのみならず、一般社会にも膾炙した研究手法となっている。他方、日本におけるOHは公開性を欠き、インターネット時代の新技術への対応に遅れていることは否めず、制度化を伴う刷新が求められている。そこで本プロジェクトは、インターネットを活用しながら研究者・市民への公開体制を整えている海外の先進事例を参照することで、日本におけるOHのガイドライン作成やデジタル・アーカイヴの基盤整備を行おうとする。

上記目的のため、本研プロジェクトでは、社会学、美術史、行政学、歴史学、政治学など各分野のOHにおける最若手のトップランナーたちを糾合し、学際的に知見を共有して「次世代」のOHの基盤整備を行うべく議論を進めてきた。初年次にあたる本実施年度では、原則として全員参加の研究会を実施し、とりわけ各メンバーや各研究領域におけるOHのそれぞれの課題や知見を持ち寄り、共有してきた。

この議論のなかで、第一に研究領域間の断絶が発見された。とりわけ社会学におけるOHと政治学におけるOHの実施グループに人脈上の大きな亀裂があることはかつてより知られていた。しかし、分野横断的な知見共有を通して、それぞれが海外事例の参照も乏しいまま独自発展を遂げたことで方法論においても大きな亀裂が生じていることが発見されたのである。この亀裂の距離の測定と(必要とあらば使用できる)梯子の準備は極めて重要であった。

第二に、こうした断絶にも関わらず共通して保存と公開が問題であることが確認された。それゆえ、本プロジェクトとしてはインターネット技術を旺盛に活用することで保存と公開の最適解を導き、それを「次世代」のオーラル・ヒストリアンに提供することを次の一歩としたい。

第三に、この方向性にも拘らず、対象者や聞き出したい内容の多様性ゆえに、この「最適解」が一つに収斂しないことが提起された。そこで、方法論についてのガイドラインや、実施にあたっての契約書・覚書フォーマットなどを、状況に併せて複数提示する社会実装の方途を検討することになった。

本プロジェクトは、これまで別々に進んできた諸分野のオーラル・ヒストリアンたちが知見を共有して、一致して基盤整備に向かうという点で、画期的な成果を生んでいる。

他方、残された課題も多い。とりわけ我々においてもなお一致を見ていないのは、法的な処理を厳格に行った場合に新たに生起すると予想される諸問題への予防的措置である。研究倫理が重視される現代にあってルールの厳格化が必要不可欠であることは言うまでもないが、とりわけOHが記録を残すこと自体を一つの目的とすることに鑑みれば、個人情報保護のために枢要な資料が廃棄されたり、厳格なルールの適用によって時代の証言者に口を噤ませたりすることは本末転倒であろう。こうした問題にいかにして対応するべきか、法ないしルール上の工夫が可能かどうか、専門家の意見も仰ぎながら今後さらなる検討を進めることになる。

幸いにも本プロジェクトは次実施年度も研究助成「学問の未来を拓く」に採択されている。上記問題のさらなる検討を進めるとともに、本実施年度において準備された成果をプラットフォームとして公に提供することを目指す。

2019年8月

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