成果報告
2018年度
日本統治をめぐる対日感情の歴史的変遷とその形成要因に関する研究-植民地建築物の保存・破壊・活用の検討を通じて
- 県立広島大学地域連携センター 准教授
- 上水流 久彦
1.研究の目的
本共同研究の目的は、日本の植民地統治期に建築された建物の現状を通じて、台湾、中国東北部、韓国、中国、サハリン、沖縄の対日感情、歴史認識の現状をさぐり、その形成要因を明らかにすることである。沖縄については、植民地統治とみなす点に異論があると思われるが、日本国家に組み込まれた過程に鑑みて比較対象とした。
2.研究の方法
現地調査に基づき資料収集した。建築物の現在のあり方を5つに分けた。それらは、①破壊・放置の対象という外部化(Externalization)、②負の歴史として提示する内外化(自己の歴史としつつも否定するベクトルの異なる動き Negative-internalization)、③他者と差異化し自己表象の道具にする内部化(Positive-internalization)、④日本出自が忘却され現地の文化に溶け込み、消費文化の対象となっている溶解化(Dejapanaization)、⑤日本的要素を旧植民地等で楽しむことができる遊具化(Attractionization)である。
3.研究で得られた知見
調査から得られたデータに基づき、上記の5つの現状は下記のようにまとめることができる。
現状 | 台湾 | 韓国 | 旧満州 | 旧樺太 | 旧南洋群島 | 沖縄 |
---|---|---|---|---|---|---|
外部化 | ○ | ○ | ○ | ○ | △ | ○ |
内外化 | △ | ○ | ○ | △ | ○ | × |
内部化 | ◎ | × | × | × | × | ○ |
融解化 | ◎ | △ | △ | × | × | × |
遊具化 | ◎ | △ | × | × | × | × |
◎→顕著にみられる ○→みられる △→一部みられる ×→ほぼ、または全くない
このような違いが生じる要因として、戦後の政治体制がある。独裁という点で同じであっても外来政権に統治された台湾とそうではない韓国では、歴史主体のあり方が異なることとなった。またアメリカの信託統治となったパラオではアメリカの観点から戦前が評価され、近代化や民主化の点でも日本統治は二流であったが、台湾では中国国民党の独裁のもと、違う評価を得ることとなった。遊具化に関しては、日本への観光の広がりが大きな要因となっていた。台湾や韓国では日本への観光は2000年代以降、普遍的な広がりを持っており、台湾や韓国で楽しむべき「日本」が再発見された。沖縄は、そもそも沖縄戦で近代的な建築物の大半が焼失しており、残存する物は離島や沖縄島北部にある。それらは歴史遺産となっているが、融解化や遊具化は見られず、日本の近代化の枠組みでその証となっている。旧樺太では、建築物がロシア側の戦勝国の証であっても、日本統治時代はロシア人居住者が少なかったこともあり、彼らが「統治された」記憶の象徴としては機能せず、他地域ほど複雑な歴史認識を見出せなかった。ただし、在サハリンのコリアン系との記憶という点では重要だが、今回はそこまでの調査はできなかった。
4.今後の課題
グアムの調査からは、アメリカの歴史観と日本の歴史観との相克が現在も見られている。また、韓国では日本の政治家による植民地支配を肯定するかのような発言が、内外化を強化し、遊具化を拒む要因となっており、絶えず喚起される歴史問題が、建築物に対する認識に反映される状況が確認できた。加えて、日本の現地調査からは、欧米人にとって近代化を象徴する明治期や大正期の建築物は観光の対象となる価値は見いだせなかった。むしろ、古き日本を象徴する江戸の建築物に注目する。したがって、台湾や韓国、中国で日本統治期の西洋建築物が注目され、保存・活用される背景にはアジアの西洋スタイルの近代化への羨望がある可能性は高い。今後は、政治的、経済的変化と歴史認識の関係を詳細に検討することに加え、アジアと欧米の関係を視野にいれた分析が望まれる。
2019年8月