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研究助成

成果報告

人文科学、社会科学に関する学際的グループ研究助成

2018年度

北海道日本海沿岸地域のアイヌ民族が経験した19世紀-文献・モノ・絵画から近世・近代移行期のアイヌ社会を探る-

北海道博物館アイヌ民族文化研究センター センター長
小川 正人

○本研究の課題と方法

1) 本研究課題は、昨年度に引き続き、〈日本海沿岸地域〉の〈19世紀=近世-近代移行期〉を対象として、当該地域・時代のアイヌ民族の文化と社会の解明を目指すものである。〈近世・近代移行期〉とは、アイヌ社会が幕藩制国家の強い影響下にありながらも“異域”とされ近世から近代日本に編入される過程であり、なかでも〈日本海沿岸地域〉は、19世紀初頭には約1万人だったアイヌ人口が19世紀末には2千人を切ったことに象徴される大きな変動を経験しており、かかる厳しい歴史はこの地域の歴史資料や伝統文化の記録の乏しさにも繋がっている。

2) 本研究では、だからこそこの地域・この時代を対象に据え、既往の資料の乏しさや研究状況を克服するため、〈文献(近世・近代史研究)〉〈モノ(物質文化研究、流通史)〉〈絵図(アイヌ絵)〉さらに〈民族誌(口頭伝承を含む)〉の諸分野の研究者による共同研究の体制をとり、諸地域・諸分野の近年の研究を集積するとともに新たな資料調査を付加し、さらにメンバーの共同討議の場を設けることで、成果の検証と共有を通した積み上げを目指した。

3) 2018年度は、2017年度までが主に留萌地方以南を主対象としてきたことに対し、石狩地方以北に比重を移しつつ、さらに隣接する天塩川流域やオホーツク海沿岸地方等について、〈人〉の移動(移住・交流)等に着目した調査と検討を行った。

○実施経過

1) 資料調査については、石狩北部(浜益)、留萌、宗谷及び檜山地方南部(上ノ国、乙部等)のほか、オホーツク海沿岸から根室地方にかけての地域資料や、日本海沿岸地域に関する資料が所蔵されている東京都(東京国立博物館ほか)での資料調査を進め、適宜共同研究の主要メンバーによる情報集約と打合せを行った。

2) 研究経過及び成果を踏まえた検討会・報告会については、一つの軸として本共同研究メンバーを中心とした各地の所蔵資料に即した研究会を実施することとし、先ず2019年7月に北海道博物収蔵資料に関する研究会を実施した。今後、本助成金終了後も継続して実施していく計画である。また19世紀末から20世紀初頭にかけての日本海沿岸と各地の〈人〉の移動(移住や交流)について、小樽・余市地方から名寄に移住した人々の例などに着目した研究会を企画した。残念ながら報告者等の事情により2019年秋以降の開催となったが、従来のアイヌ史・アイヌ文化史ではあまり知られていない歴史の側面を検討する研究会になるものと見込んでいる。

○成果及び今後の課題と展望

1) 以上の研究を通して獲得できた知見は、その多くは個別の資料や地域に即したものであり、アイヌ史・アイヌ文化に関する集成的な研究まではなお距離があるものの、石狩地方浜益について1920~30年代に活躍した工芸家に着目した研究や、早くに移住者が圧倒的な多数を占めるに至った特徴において共通する日本海沿岸地域と根室地方の沿岸部の歴史、留萌地方北部から宗谷地方にかけての物質文化研究等において着実な前進を獲得できた。これらの成果は、既に研究代表者の属する北海道博物館の研究紀要で一部を発表しているが、今後も随時公表していく。

2) 本研究を進めることによって、対象地域・時期がアイヌ民族の近代ひいては現在のあり方を考える上で持っている重要性を改めて確認することができた。残された課題としては、なお調査の余地のある地域(積丹半島など)があること、オホーツク沿岸北部等との比較研究といったテーマに加え、今後の展望として、本研究で実践したような共同研究の手法と体制によって、例えば20世紀に人口の激減があり直接の歴史資料が極めて乏しいとされる千島アイヌの近現代の歩みを追究する等の課題を挙げることができる。

2019年8月

サントリー文化財団