成果報告
2018年度
平成アーバニズムの学際的レビュー
- 首都大学東京都市環境学部 教授
- 饗庭 伸
都市計画、都市デザイン、まちづくりの手法を「アーバニズム」と呼ぶとすると、それは時代の中で絶えず進化を続け、現在の都市はそれぞれのアーバニズムによってつくられた都市空間が積み重なって形づくられたものである。31年続いた平成期を切り取ってみても、そこには確かなアーバニズムの変化があり、それにより都市空間が蓄積されてきた。本研究は、平成期の日本列島で生み出されたアーバニズムを「平成アーバニズム」と仮称し、都市計画・建築を中心とした学際的なメンバーによるフィールドワークを通じてその全体像を明らかにすることを目的として取り組んだ。
まず千葉県船橋市、長野県長野市、山口県下関市、大阪府大阪市、奈良県奈良市のフィールドワークにおいて、「平成的な空間」として見つけられたものを列挙しておこう。湾岸部の大規模なショッピングモール、駅前の再開発ビル、ナショナルチェーンに占拠された駅前の雑居ビル(船橋)、ロードサイドのカテゴリーキラー、オリンピックのためのドーム群、門前に形成された歴史的町並み、リノベーションされた建物群、NPOセンターとなった大規模空き店舗(長野)、港湾部の大規模開発、郊外の大規模ショッピングモール、商店街に形成されたコリアンタウン、空き店舗につくられたまちづくりの拠点(下関)、ヤード跡地の超高層開発、タワーマンション群、水辺空間の再生(大阪)、インバウンドで賑わう中心市街地、再生された町家群(奈良)といったものである。
これらはどのようにつくられたのだろうか。まず「仕組み」と「技術」の2点から読み解いていく。
仕組みを、政府、市場、コミュニティの3つの層に分けそれぞれの平成期の変化をみながら空間を読み解いていこう。「政府」に起きた大きな変化は基礎自治体への地方分権化と、自治体間の競争環境の形成である。例えば「消滅自治体」という言説によって自治体が競争に駆り立てられ、長野オリンピックに代表される大規模イベントやフェスといった手法による「キャラ立ち」も求められた。歴史的町並みの整備もこうした環境の変化によってもたらされたものである。「市場」は昭和の終わりからの民活・規制緩和の大きな波にのって発達したが、その波は順調に大きくなったのではなく、バブル経済の崩壊によって出鼻をくじかれた複雑な波形を持つものであった。公共的な貢献と引き換えに容積率などの規制を緩和する都市再生のスキームが組み立てられ、そのもとでディベロッパーが成長し、大規模なショッピングモール、タワーマンション、駅ナカ開発といった独自の空間が開発されていった。「コミュニティ」には「市場」と同じように期待が集まった。平成10年のNPO法などによる環境整備もあり、コミュニティの中に自立的なアソシエーションが生まれ、それをコアとした参加協働型のまちづくり、市民連携事業が多く生まれた。それらは市場と関係をつくるものも少なくなく、空き家や空き店舗のリノベーションによって都市の空間を作り出していった。なお、この3つの層の仕組みに共通する「基層」にも注意が必要である。平成期は大きな災害がたびたび都市を破壊し、気候変動も目に見えて都市空間に影響を与えるようになってきた。都市空間が災害、復興、防災の循環の中に組み込まれ、それは3つの仕組みの原理を規定していった。
「技術」はこれらの仕組みのなかで行使され、空間を形づくっていく。技術は平成期にどのように変化したのだろうか。昭和期の技術の到達点は「ポストモダン」であったが、それは具体的にはアイコニックな建築、隅々までつくり込まれた美しいランドスケープ、個性的な町並みといった形で都市に表出した。平成期の「ポストポストモダン」というべき技術の潮流をあげておくと、風景への参加を前提としたクールランドスケープ、建築の非アイコン化・コンテナ化、シミュレーション技術の発達による性能化・数値化といった潮流があげられる。いずれもポストモダンで提起された「モダン」に対する様々な論点の解法を、有名なデザイナーに求めるのではなく、匿名の技術者が使いこなせる技術にまで正統に展開させたものであると言える。
このように、3つの仕組みと技術の組み合わせによって平成アーバニズムを説明してきたが、平成期にはその「語りかた」そのものも変化した。昭和期の都市論ブームから一転して、平成期は「都市語り」が困難になっていく時代であった。語りの対象が局所化する一方で、平成期に浮上してきたのは「まちあるき」や「萌え」という語り方である。これらはインターネットだけでなく、地域雑誌やまちあるき地図などの小さな紙メディアを作成する技術にも支えられ、膨大な語りの場をつくりだしている。
本研究は学際的なメンバーで5つの都市を訪れ、パイロット的に平成アーバニズムを説明したものである。日本列島の様々な都市において、膨大な場において平成アーバニズムをどう語りうるのか、そのことがこれからの課題である。なお本研究の成果は、2019年12月に雑誌SD(鹿島出版会)の特集記事として刊行される予定である。
2019年8月