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研究助成

成果報告

2018年度

旧ユーゴスラビア諸国をめぐる冷戦後日本の外交

慶應義塾大学大学院法学研究科 後期博士課程
ペリチ マルツェラ

 冷戦終結によって欧州の国際秩序は大きく変化した。西欧はEU(欧州連合)の枠組みの中で統合の深化と拡大に向かい、一方の東欧諸国では共産主義が崩壊し、民主主義や市場経済が導入されていった。東方に拡大するEUは経済共同体として日本にも大きな影響を及ぼしており、旧共産主義諸国は新たに日本との外交関係を構築していった。それでは、冷戦後の東欧に対して、日本はどのような外交を行ったのだろうか。
 1990年代、多くの国々は平和的に過渡期に入ったが、ユーゴスラビア社会主義連邦共和国(旧ユーゴ)では民族紛争が発生した。それは欧州における最大の安全保障上の挑戦であった。旧ユーゴ危機を解決するために多くの国際社会上のアクターが対応してきたが、本研究はその中で日本の役割を検討するものである。日本は冷戦時代から西側諸国と手を組み、冷戦後の時代でも西側諸国と共に国際社会に参加してきた。そのため、旧ユーゴ危機を解決するために国際社会の全体的な協力が必要になった中で、日本の積極的な関与も見られたのである。
 本研究は、地理的に遠く離れた旧ユーゴ危機に対して、日本はなぜ援助を行ったのか、特に平和履行プロセスに日本がどのような役割を果たしたのか、という問いを立て、それに答えることを目的とする。具体的には、旧ユーゴ危機への対応やクロアチア共和国との関係という事例を通して、冷戦後の東欧と日本との関係という研究上の空白を埋めるだけでなく、現代世界と日本の外交を論じるうえで本質的な問題にも迫ることを試みる。
 第一に、日本は旧ユーゴ諸国の一つであるクロアチア共和国に対して、二国間協力と共に国連やOSCE(欧州安全保障機構)の枠組みの中で外交を行った。これは日本の「大国外交」を考察することにも繋がる。当時の資料が明確に示しているように、日本は西側同盟の一員として米国や西欧との関係を強化し、EC(欧州共同体、EUの前身)とも多極主義的に協力した。また、日本はクロアチア共和国と二国間の関係を構築し、平和プロセスに貢献することができた。冷戦後の日本外交のあり方を考えるうえで、きわめて重要な事例と指摘であるにもかかわらず、この点は先行研究でほとんど論じられてこなかった。1990年代前半、日本の外交政策には国際主義的、三極主義的、多極主義的な特徴が現れた。この研究の成果は論文として投稿し、現在審査中である。
 第二に、旧ユーゴ危機は国際社会にとっても、冷戦後の新たな国際秩序を構築する際の課題として認識され、日本も紛争と人道危機の解決に協力した。その結果、日本は民主化した中東欧諸国と新たな外交関係を結び、そして西欧やEUの間でも、経済的・政治的関係を発展させることができた。日本は平和的な協力を維持するため、国連とコンタクト・クループに注目して、交渉に参加した。1995年4月、クロアチアを歴訪した河野洋平外相は、武力行使によって紛争は解決できないという日本の考え方を明示した。そして、国際フォーラムにおける交渉と人道支援を行うことで、日本による平和の仲介が期待された。特にクロアチアとボスニア・ヘルツェゴビナを積極的に支援し、「顔が見える支援」という難民シェルターの建設プロジェクトに外務省とUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)が協力したことで、日本外交の実践が果たされたのである。上記の内容は2019年「アジア太平洋EU学会」での発表を経て、専門誌であるAustralian and New Zealand Journal of European Studiesに掲載された。
 第三に、1990年代末以降、日本は外交上の焦点をクロアチアとボスニアからコソボとセルビアに移していった。その理由は地域の不安定性にあり、新たな外交戦略や「人間の安全保障」の概念と採用し、バルカン半島を総合的に定める試みであったといえる。この内容については、2020年度に学会報告してから専門誌に投稿する予定である。今後は本研究の成果をさらに発展させ、学会報告し、二つの論文を投稿すると同時に、博士論文の完成を目指したいと考えている。
 本研究で検討してきたように、冷戦後の日本は国際的な役割を果たすために紛争解決への非軍事的な関与を試み、その一例として旧ユーゴ危機における平和履行プロセスへの参加を位置づけることができた。また、「日EU経済連携協定」や「日EU戦略的パートナシップ協定」を調印したことからも明らかなように、日本とEUの関係はますます重要になっているが、これまで注目されることが少なかった旧ユーゴ諸国の平和履行プロセスへの貢献も、日本とEUの政治的・経済的な相互作用を考えるうえで重要であろう。


2020年5月

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