成果報告
2018年度
ポスト真実時代における政治情報接触における確証バイアスの検証――メディアへの信頼度の影響に着目して――
- 早稲田大学大学院政治学研究科 博士後期課程
- 劉 凌
1.研究の背景と本研究の意義
有権者はメディアの政治報道に接する際に、自らの意見と一貫する情報に積極的に接触し、相容れない内容を避けるという傾向があると言われる。この傾向は「確証バイアス」(confirmation bias)とも呼ばれ、そのことへの懸念が昨今のポスト真実の到来と言われる状況を踏まえて、特に高まっている。本研究では、メディアの信頼度が世界で高いレベルにある日本、中間レベルにある中国・香港、及び低いレベルにあるアメリカを比較することを通し、確証バイアスの度合いは国の文脈によって違いがあるのかを解明することを目的とした。メディアの信頼度を軸とした体系的な国際比較を行うことによって、確証バイアスの発生条件に対してより深く理解ができ、確証バイアスを軽減し多元的な情報接触を担保・促進する策を提案することにつながるという貢献があるのみならず、ポスト真実の時代の中でメディアへの信頼が揺らいでいるという現実政治に対しても重要な示唆を与えうる。
2017年度サントリーフェローシップの研究助成のもとで、オンライン調査実験の手法を用いて、有権者の政治報道に対する接触行動を日本とアメリカで比較を行った。その結果、自らの意見と相容れない報道に対して、日本人は平均してアメリカ人より長く閲覧したことが明らかになった。言い換えれば、日本人の報道接触における確証バイアスの傾向がアメリカ人の確証バイアスの傾向より弱いという知見が得られた。この知見を踏まえて、2018年度は、日本とアメリカだけではなく、メディアの信頼度が世界で比較的に中間レベルにある中国・香港も比較対象に加えて、三つの地域でオンライン調査実験を行い、メディア信頼度と確証バイアスとの関係をより厳密に検証できた。さらに、各地域の参加者の主流メディアに対する認知、自らの態度と一致する・一致しない政治報道に対する評価などの変数も測定し、メディア信頼度と確証バイアスとの関係の背後にあるメカニズムを探ることにも力を入れた。
2.研究手法
有権者の政治報道への接触をより普段に近い環境で観察するため、本研究はオンライン調査実験 (survey experiment)の手法を採用した。また、確証バイアスの度合いは国の文脈によって違いがあるかどうかを検証するため、比較可能な実験デザインを設計し、日本、アメリカ、中国・香港で調査実験を行った。調査実験の参加者は現地の調査会社を通してリクルートした。
具体的には、参加者に研究者が作成した擬似ニュースサイトにアクセスしてもらい、そこに載せた政治家に関連する新聞記事を自由に選んで閲覧してもらった。とりわけ、政治家に対してポジティブな記事とネガティブな記事両方とも参加者に提示した。記事の選択と閲覧時間はソフトにより記録された。記事閲覧の前に参加者の政治家に対する態度も尋ねたため、参加者が元来の態度に沿って政治報道を選んで接触していたかどうかを検証できた。その他に、メディアの信頼度、主流メディアに対する意見、閲覧した記事への評価、普段のメディアの利用頻度、そして年齢・性別・学歴などのデモグラフィック変数も調査した。
3.研究成果と今後の発展
三つの地域での調査実験の実施を2020年3月までにすべて終了した。データ分析は緒に就いたばかりであるが、三つの地域における確証バイアスの度合いは概ねに予想通り、メディアの信頼度と負の関係があった。すなわち、とりわけ元来の政治家に対する態度と一致しない新聞記事の閲覧時間は、日本人が最も長く、続いて中国・香港人、最も短いのはアメリカ人であることがわかった。これからは、参加者の主流メディアに対する態度や新聞記事に対する評価・信頼がこのような関係を説明できるかを検証することに注力する。その研究成果を国際学会にて報告し、まとめた論文を海外学術誌へ投稿することを予定している。今後の発展としては、比較対象国をさらに増やして、メディアの信頼度が有権者の政治情報接触に与える影響をより体系的に研究することを検討している。
2020年5月