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研究助成

成果報告

2018年度

「後発性」が福祉政治のメカニズムに与える影響分析――日韓比較を中心に――

神戸大学大学院法学研究科 博士後期課程
ベ ジュンソブ

 これまでの日韓両国を分析対象とする福祉国家研究では、様々な側面における日韓両国の共通点が注目されてきた。しかし、少子高齢化問題に対する近年の両国の対応には大きな違いが観察される。その違いを端的に表現すると、「現役世代向け福祉国家韓国」と「引退世代向け福祉国家日本」と表現できる。しかしながら、福祉国家の特徴における多様性に関しては、多くの研究が先発福祉国家である欧米諸国を中心に行っており、日韓を含む後発福祉国家群内における多様性についてはほとんど研究が行われていないのが現状である。本研究は、同じ後発福祉国家とされる日韓両国の間でなぜ異なる福祉国家の特徴が表れるのかを政治学的観点から説明することを目的としている。
 社会政策学者を中心に展開されてきた「後発福祉国家論」は、政治学の観点から見れば、いくつかの点においてさらなる修正が必要であると考えられる。まず、既存の「後発福祉国家論」は、経済構造が福祉国家の特徴を規定するという構造機能主義的説明を行っているため、媒介変数としての政治要因が分析から欠如している。同じ後発福祉国家類型に属する国々における違いはなぜ生じるのかという問いに対する答えを求めるためには、政治変数の追加が必要であるため、本論文では、政治家、官僚、市民団体、有権者などの政治アクターの行動を分析の視野に入れた。また、国家の役割に注目する既存の研究では、アジア通貨危機以降の金大中政権による福祉国家の制度化の時点から分析がスタートしがちであり、後発福祉国家が抱えている、さらなる福祉国家拡大における構造的制約の要因のみが過度に注目される傾向がある。
 しかし、言うまでもなく、ある日突然韓国に福祉国家が登場したわけではなく、経済の構造的制約の中でも新しい政策ニーズに対応する形で社会サービスは拡大することも可能である。そこで本研究では、金大中政権期以前の長い権威主義政権の下で形成されてきた破片的な雇用政策及び社会政策の影響に注目し、政府の公式文書や当時の政策関係者に対して行ったインタビュー調査の内容を分析した。その結果、民主化及び政権交代後の社会政策形成の政治過程において重要な影響を及ぼした各政治アクターの政策選好は、すでに権威主義政権期に導入されていた制度によって構築されていた側面が強いことが確認できた。
 以上のような観点から日韓両国の福祉国家としての違いを説明すると以下の通りである。韓国の場合、高齢者の貧困率が非常に高いにもかかわらず高齢者の所得保障における国家の責任が制約されたままで、公的扶助の政策手段を通じて対応している特徴が権威主義政権期以来続いている。またその一方で、権威主義政権期にはほとんど注目されなかった、育児政策として代表される家族政策においては、政権の党派性に関係なく、政府の役割を大きく拡大してきた。
 日本の場合は、家族政策の貧弱さが目立っており、その理由の一つとして、政府の財政が年金や医療保険制度に強く縛られていることが特徴的である。国レベルにおける福祉財政支出の規模は依然として日本の方が韓国より大きい水準を維持しているものの、家族政策に関しては絶対額のレベルにおいても韓国は日本の水準を上回っている。日本における福祉国家の制度化は1970年代に革新自治体として代表される地方政府の政策アジェンダと、それに対して危機意識を募らせた自民党の戦略的対応によってもたらされた。その中で政策対象として注目されたのが高齢者であった。それは、既存の社会保障制度が現役労働者中心であり、社会的弱者として高齢者が再認識されたためであった。この段階において日本の高齢化率は欧米諸国と比べた時に決して高くなかったことが特徴的である。
 一方、韓国における初期段階の制度導入及び漸進的拡大は徹底的に権威主義政権のエリート及び一部の政策専門家によって主導されており、高い経済成長率を背景とした「雇用を通じた福祉」がその特徴であった。民主化達成後においても権威主義政権期との完全な断絶は行われず、政治エリートの人的構成は維持されてきた。中間層が非常に重要な役割を果たした民主化によって強い影響力を獲得したのは、大手企業を中心とする労働組合であり、彼らにとって最優先課題は社会的連帯ではなく、労働市場の不安定化に対する安全措置としての「インサイダー労働者の権益確保」であった。政権交代によって社会保険制度を中心とする基本的な福祉国家の制度化がある程度達成された後は、政党間競争の激化が新しい支持層を確保するために浮動層である現役世代向けの政策を推進する原動力となった。ここでは、韓国の高齢者がイデオロギー的に固定された支持層であることが特徴的である。
 福祉国家の制度化の歴史が非常に短く、「古い社会的リスク」に対する対応が十分でない中で、同時に「新しい社会的リスク」に対する政策対応を迫られた韓国の歴史的経験は、これから福祉国家としての制度化が期待される開発途上国が政策的インプリケーションを得るに当たって、欧米諸国の経験と比べ、より現実味を持つと考えられる。今後は、歴史的経験が「最類似事例」とされる台湾との比較事例研究を行うことで、さらなる理論的精緻化を求めていく予定である。


2020年5月

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