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研究助成

成果報告

2018年度

裁判・法律の経済分析

大阪大学大学院経済学研究科 博士後期課程
船崎 義文

はじめに
 今年度までに、私は主に3つの研究を行った。1つ目は裁判官の人事には何が影響を与えるのか、2つ目は2006年の刑法改正が窃盗に与えた影響、3つ目は2007年の少年院法改正が少年犯罪に与えた影響を定量的に分析した。以下、簡潔に述べていく。


(1)裁判官のキャリアに何が影響を与えるのか
 ラムゼイヤーら(2003)は日本の裁判官のデータを用いて、行政訴訟で政府に不利な判決を出した裁判官ほど、その後のキャリアで上位ポストに就任しにくいことを示した。ラムゼイヤーらは裁判官のキャリアを決める要因の1つとして、政府に対する判決に注目したが、他の要因も調べる必要がある。
 紙面の都合上1つに絞るが、本研究では裁判官のキャリアを決める上で、都市部の裁判所に就任した回数が多いかどうかに注目した。東京や大阪などの都市部に就任した回数が多い裁判官ほど、その後のキャリアで上位ポストに昇進すると思われる。
 使用するデータには、任官から退官までの間、何年何月にどのポストに就任したのかという情報が裁判官ごとにある。これによって、都市部の裁判所に就任した回数の違いが、その後の上位ポストの就任にどのような影響を与えるのかを分析できる。
 結果によると、都市部の裁判所に就任した回数が多い裁判官ほど、そうでない裁判官と比べて、高等裁判所の判事・長官や最高裁判所の判事・長官などの上位ポストに就きやすいことが分かった。
 なお、ここでは一般的に上位ポストと言われているポストに注目したが、そもそもこれらのポストが本当に就任するのが難しいポストであるのかをデータで見極める必要がある。今後は、あるポストに就く困難さをデータから算出し、それぞれのポストを定量的に序列化する予定である。
 また、裁判官の能力そのものは無視してきた。しかし、それでは仮に上位ポストに就きやすい(就きにくい)という結果が出ても、仮説に依るものか、それとも能力がもともと高い(低い)ことに依るものかを区別できない。今後は、昇進の時期に注目することで、裁判官の能力を考慮する予定である。昇進が早い(遅い)裁判官ほど、能力が高い(低い)と考えられる。


(2)罰金刑の新設が窃盗に与えた影響
 長い間、窃盗の法定刑は懲役刑のみであった。しかし、2006年の刑法改正に伴い、上限50万円の罰金刑が追加された。罰金刑の新設が、その後の窃盗に与えた影響を定量的に調べた研究は見受けられない。常に刑法犯の過半数を占める窃盗が、罰金刑の新設でどう変化したのかを分析することは重要である。  罰金刑の新設により、窃盗でも略式起訴(100万円以下の罰金に相当する事件)が新たに可能となった。略式起訴が可能となったことは、窃盗を犯そうと思っている犯罪者らに影響を及ぼすはずである。  窃盗の変化の指標として、発生率(=認知件数/人口)を使う。罰金刑の新設で略式起訴が可能となったことで、窃盗を犯そうと思っている犯罪者らは、改正前よりも不起訴になる確率が小さくなったと感じるはずである。その結果、実際に窃盗を行う人が減り、窃盗の発生率が下がると予想される。  使用するデータとして、2006年の刑法改正の前後を含む期間のデータを使う。また、2006 年の刑法改正の影響を直接受けないものの、窃盗と性質が似ていると思われる犯罪(詐欺や横領など)を比較対象のデータとして使う。これらにより、2006 年刑法改正の前後及び比較対象の犯罪と比べて、相対的に窃盗が減っているかどうかを検証できる。さらに、窃盗は犯行の手口によっても、性質や特徴が異なるため、窃盗全体に加えて、空き巣や自動車盗といった犯行手口別でも分析する。  まず、窃盗全体で見ると、2006 年刑法改正によって窃盗全体の発生率は下がっているとは言えないことが分かった。一方で、犯行の手口別に見ると、空き巣や自動車盗の発生率は法改正により下がっていることが分かった。これらの発生率が下がったのは、犯罪者側が改正によって不起訴になる確率が小さくなったと思った結果であると推察される。


(3)少年院送致の下限年齢の引き下げが少年犯罪に与えた影響
 長い間、少年院に送致できる加害少年の年齢の下限は14歳であった。しかし、2007年に少年院法が改正され、その下限が14 歳から11 歳に引き下げられた。この改正が少年犯罪に与えた影響を定量的に調べた研究は見受けられない。低年齢化や凶悪化が言われている少年犯罪が、2007年の少年院法改正により、どう変化したのかを分析することは重要である。
 法改正により11-13歳の少年でも少年院に送致できるようになったことで、犯罪を犯そうと思っている11-13歳の少年たちは、改正の影響を受けるはずである。
 少年犯罪の変化を測る指標として、年齢別の補導・検挙人員を使う。法改正が11-13歳の補導人員に与えた影響には、減る場合と増える場合が考えられる。減る理由は、改正に怖気付いた少年側が、犯罪をしなくなる結果、11-13歳の補導人員が減るからである。増える理由は、警察側が改正に合わせて積極的に少年を補導するようになった結果、11-13歳の補導人員が増えるからである。
 使用するデータとして、2007年の少年院法改正の前後を含む期間のデータを使う。また、改正の影響を直接受けない14-19歳の検挙人員を比較対象として使う。これらにより、2007年の少年院法改正の前後及び比較対象の14-19歳と比べて、11-13歳の補導人員が相対的にどう変化したのかを分析できる。
 結果によると、2007年少年院法改正で11-13歳の補導人員が増えたことが分かった。よって、警察が改正に合わせて積極的に少年を補導した結果、11-13 歳の補導人員が増えたと思われる。


2020年5月

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