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研究助成

成果報告

2018年度

大阪キャバレー100年史――盛り場と社交の歴史社会学

立命館大学衣笠総合研究機構生存学研究センター 専門研究員
櫻井 悟史

■本研究の動機、目的
 新型コロナウイルスの蔓延に端を発する「休業要請」の槍玉に真っ先に挙げられたのがキャバレーであった。2018年1月に「白いばら」が、2018年12月に「ハリウッド」が、2020年3月に福岡市の中洲にあった「日本一桃太郎」が閉店し、日本からキャバレーは消えつつある。もちろん、大阪の「ミス大阪」や、今も生演奏で歌うことができる熊本の「ニュー白馬」など、営業を続けているキャバレーもあるが、全体的な数が減ってきてしまっているのはたしかな事実である。こうした現状にもかかわらず、「休業要請」の際に名前が挙がったのは、「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」第2条1項に「キヤバレー、待合、料理店、カフエーその他設備を設けて客の接待をして客に遊興又は飲食をさせる営業」という文言があるからだろう。ここからもわかるとおり、キャバレーは日本の「風俗営業」のなかで大きな位置を占めていた。それにもかかわらず、キャバレーとは一体何か、キャバレーが次々に閉店していくのは日本の文化史、経済史にとって一体何を意味するのかということについては、ほとんど明らかになっていない。
 キャバレーとは、客の接待だけではなく、音楽、ダンス、ショーといった様々な文化が重なり合う盛り場であった。その中心的な客層がサラリーマンや社用族であったことから、日本の会社文化といったものも関係しているし、当然のことながらジェンダーやセクシュアリティといったものも関係している。こうした様々な文化を総合的に検討し、新たな日本文化史を打ち立てることが本研究の目的である。


■本研究の意義、方法
 キャバレーについての先行研究は、キャバレー・ハリウッドの経営者であった福富太郎の『昭和キャバレー秘史』をはじめ、いくつか挙げることができる。しかし、それらの研究には、東京中心の研究であることや、平成以降(1989年以降)の歴史が扱われていないといった問題点がある。第一の問題点については、昨年度の成果報告でも記したとおり、東京と大阪が社交業界の「車の両輪」であったことに鑑みれば、大阪のキャバレーを抜きにキャバレーの歴史を明らかにすることは不可能である。第二の問題点についていえば、全国的に展開したキャバレー・ハワイグループの元社員である新冨宏によって1984年にキャバクラが創設されて以降、たしかにキャバレーの影は薄くなったように思える。しかし、平成の時代においてもキャバレーは営業を続けていたし、筆者が2007年に初めて訪れた大阪の「ユニバース」や「サン」では、ショーや生演奏も盛んであった。また、「白いばら」の元ホステスの方達で構成されるサークル「郷里の娘たち」が出版した同人誌『キャバレーは今も昔も青春のキャンパス』を紐解くと、東京の「白いばら」で数々のイベントやショーが行なわれていたことも確認できる。こうしたことをふまえると、平成の時代のキャバレーについての研究も必須といえるだろう。
 以上をふまえ、本研究では、大阪のキャバレーについてまとまった歴史を遺した熊谷奉文の著書『大阪社交業界戦前史』と『不死鳥の如く――大阪社交業界戦後史』を軸に、大宅壮一文庫所蔵の各種雑誌の調査、キャバレー周辺業界の調査、キャバレー関係者や元関係者へのインタビューなどの方法を用いて、明治末のカフェーから現代に至るまでのキャバレーの歴史を明らかにすることとした。


■研究成果
 本研究の成果は、単著として出版する予定である。すでに出版社も決まっており、編集者との具体的な打ち合わせに入っている。単著では、大阪のキャバレーだけでなく、東京のキャバレーの歴史についても、補論として取り上げることとした。その理由としては、一冊の本で、日本のキャバレーの全体像をつかめるようなものにしたいと考えたからである。それだけではなく、キャバレーについて扱った文学や映画やゲームといったものも取り上げるつもりである。以上をもって、キャバレー研究の基礎文献として参照されるような本の完成を目指す。


■今後の課題
 2019年に催されたあるイベントで、都築響一氏が、今も生演奏が残っているキャバレーとして熊本県八代市にあるキャバレー「ニュー白馬」を取り上げておられた。そのことをきっかけに、キャバレー「ニュー白馬」にも調査で訪れてみたのだが、これが非常に素晴らしいキャバレーであり、大阪、東京だけでなく、九州や北海道といった他府県のキャバレーについても詳細に調べる必要があることを痛感させられた。これが一つ目の今後の課題である。
 また、本研究に取り組むなかで、アジア圏の同様の盛り場についても視野に収めることで、日本文化の研究にとどまらないグローバルな規模の研究が展開できる可能性も見えてきた。すなわち、第二の課題として、世界規模の盛り場研究に展開していくことが挙げられる。


2020年5月 ※現職:滋賀県立大学人間文化学部 准教授

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