成果報告
2017年度
資源と脱植民地化:産油地域の単独独立に着目して
- オックスフォード大学政治国際関係学部 博士課程
- 向山 直佑
研究の動機・意義・目的
本研究は、天然資源の存在が、旧植民地が主権国家へと再編される脱植民地化の形態にどのような影響を与えたのかを明らかにすることを目的とする。具体的には、現在存在する国家を、宗主国や現地の指導者等のアクターが関わった政治的なプロセスの結果生じた、数ある「あり得たシナリオ」の中の1つとして捉え、「なぜ現在の国家は現在の形で成立したのか?」を問う中で、特に、植民地化の背景の1つでもあった天然資源が与えた影響に着目する。
本研究には3つの意義があると考えている。 第一に、紛争や従属の原因として扱われることの多い天然資源の、国家の独立の源泉という新たな側面への注目の促進、第二に、「現在存在する国家」の相対化、そして第三に、政治学において近年軽視されがちな、長期にわたる因果関係の解明への貢献である。
研究成果および研究で得られた知見
助成年度前半には、「資源」と「主権国家体制」、そして「脱植民地化」の3つの切り口からそれぞれの分野の先行研究を検討した。その結果、資源をめぐる政治に関する諸研究においては、国家の存在が自明視され、国家形成との関係では議論がほとんど行われていないことが明らかになった。次に、主権国家体制に関連する諸研究では、システム全体の由来や、国家が社会に浸透していく過程を論じるものが主で、国家の領域性の起源に関する研究は稀であり、一方、脱植民地化研究においては本研究と関連する問題意識は共有されているものの、個別的な関心に留まり、理論化は志向されていないことがわかった。本研究の主題が、既存研究からは明らかになっていないと結論付けられる。この過程で検討した先行研究のうち、「資源の呪い」と言われる分野に関係するものをレビューした論文、「天然資源と政治体制:『資源の呪い』研究の展開と展望」を、査読を経て『アジア経済』12月号に掲載した。
次に、本研究の主張とその実証方法を明確化する作業を行った。本研究の主張は、石油には植民地・保護国を周辺から切り離して独立させる効果がある、というものである。具体的には、①石油の存在と②現地支配者を維持した保護国としての間接的な植民地統治の2つの要因が産油地域を単独独立へと導いたことを示す。植民地帝国には、他国の侵入を防ぐために影響下に置いているが、宗主国にとって経済的魅力に乏しいため、現地支配者を温存し最低限のコストで運営する地域が存在した。そうした地域で20世紀初頭に予想外にも石油が発見される。これにより現地支配者は富を蓄え、宗主国によって国内外の脅威から保護される。脱植民地化に際しては、財政的な自立が可能で、石油収入を他地域に分配したくない現地支配者が連邦への参加を渋り、石油の安定供給を重視する宗主国も最終的にはこれに同意し、単独独立が成し遂げられる。上記の内容の一部について、9月のアメリカ政治学会において口頭発表した。
分析手法については、6月の方法論サマースクールへの参加を経て検討し、ボルネオ島とペルシャ湾に存在したそれぞれ4と9の植民地的単位の脱植民地化の経緯を比較歴史分析によって分析することに決定した。高い共通性を有するこれらのうち、ブルネイ・カタール・バーレーンのみが①・②を満たしたために単独独立に至り、その他はより大きな連邦の一部となったことを実証することになる。
助成年度後半は、上記の研究内容の確定を前提に、主張を検証するための資料の収集・読解に当てた。まずは10月から12月にかけて、ロンドンの国立公文書館で、UAE設立交渉に関する資料を集め、なぜカタール・バーレーンがそこから離脱したのかについて検討した。1月から3月には、ジョージタウン大学カタール校に籍を置いて、カタールのドーハでフィールドワークを実施し、現地の資料を集め、政策担当者にインタビューを行った。集めた資料を検討した結果、カタール・バーレーンの事例について、上記の主張は概ね支持されると考えている。
今後の課題・見通し
次の段階として、ブルネイとその他のボルネオ島の植民地的単位についての資料収集とその読解を行わなければならない。ペルシャ湾岸の事例と同様に、2・3ヶ月かけてイギリスの国立公文書館で資料を集め、その後で現地でのフィールドワークを行い、現地側の資料を収集する計画である。
さらに、アメリカ政治学会において発表した上記の論文について、現在「修正の上再投稿」の査読結果を受けているので、これを再投稿して掲載にこぎ着ける必要がある。また、本研究の中心的な部分についても、雑誌論文の長さにまとめ、2年以内の掲載を目指したい。
2019年5月