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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2017年度

江戸の子どもの身体的成長に関する骨考古学的研究

早稲田大学人間総合研究センター 招聘研究員
中山 なな

研究の動機・問題意識
 近世江戸時代は、生活水準の向上に伴う乳幼児死亡率の改善や、子育てや子どもの教育に対する関心の高まりがみられ、日本列島における子どもの歴史の画期となった時代である(山住・中江、鬼頭)。しかしながら、こうした子どもを取り巻く社会の変化が、子どもの身体的成長とどのような関係にあったのかについては、文献史料のみからではうかがい知ることは難しい。
 翻って、東京都心部では江戸時代の墓が7,000基以上発掘されており、人骨資料の蓄積が進んでいる。成人骨を対象とした筆者のこれまでの研究では、江戸時代中期(18世紀)以降、乳幼児期の健康状態が改善した可能性が明らかとなっている。こうした江戸時代を通じた変化が、身体的成長にも果たして見られるのだろうかと疑問に思い、実際に乳幼児人骨の観察を行うこととした。

研究の目的
 本研究の目的は、発掘された乳幼児人骨の観察から、都市江戸の子どもの身体的成長が江戸時代を通じてどのように変化したのかを明らかにすることである。今回は、身体的成長のなかでも身長の発達に着目した。

資料と方法
 江戸の墓地遺跡より出土した乳幼児人骨92体を対象とした。このうち42体は江戸時代前期(17世紀代)に、50体は江戸時代中後期(18世紀以降)に帰属する。なお出土人骨は全て国立科学博物館が所蔵している。これらの乳幼児人骨を対象に、死亡年齢推定と大腿骨最大長の計測を行った。計測値は、墓地の時期別および死亡年齢別に集計し、大腿骨の成長パターンを表す回帰曲線を作成した。

結果・知見
 図1に、江戸時代前期と中後期における大腿骨の成長パターンを示したが、大腿骨の成長パターンに統計学的に有意な時期差は認められなかった。また筆者は以前、成人骨の大腿骨最大長も計測したが、明確な時期差は認められなかった。すなわち、乳幼児期の身長の発達過程においても、最終的に獲得した身長においても、明確な時期差は認められていない。
 この結果の解釈については、いくつかの可能性が考えられる。身長の発達は、遺伝的要因のほか栄養状態や疾病の有無など環境要因によっても左右されるが、江戸時代における子どもを取り巻く環境の変化は、身長の発達に影響を及ぼすほどではなかった可能性がある。また本研究が対象とした集団には多様な身分・階層が含まれおり、身分・階層によっては身長の発達に変化が生じていた可能性も無視できない。さらに、今回の分析では江戸時代中期以降を一つの集団としているが、中期以降に生じた飢饉や疫病の流行等の短期的な環境の変化が結果に影響を与えている可能性も考慮する必要がある。
 今後は、乳幼児人骨資料の増加を待ってより多くの個体の計測を行い、身分・階層差やより細かな時期変化の解明を試みたい。さらに、身長のみならず、乳幼児人骨に残された疾病の痕跡の有無を調査し、多様な観点から江戸の子どもの健康状態について検討したい。

前期

中後期

図1 大腿骨成長パターンの比較 左は前期、右は中後期。横軸は年齢、縦軸は大腿骨最大長。


参考文献
 鬼頭宏2001「人口史における近世」速水融ほか編『歴史人口学のフロンティア』東洋経済新聞社
 山住正己・中江和恵編1976『子育ての書』平凡社

 

2019年5月

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