成果報告
2017年度
フランス革命期における17世紀イングランド史の認識
- 東京大学大学院人文社会系研究科 博士課程
- 楠田 悠貴
研究の動機・意義・目的
報告者の研究課題は、17世紀イングランドの歴史が、フランスにおいてどのように受容され、フランス革命期にどのような機能を果たしたのかについて明らかにすることである。フランス革命は、これまで近代世界の出発点としてばかり捉えられ、歴史学のナショナリスティックな性格もあいまって、他国の先例が及ぼした影響については、ほとんど考察されてこなかった。革命200周年以降、記憶史や国際関係史の隆盛によって古代ギリシア・ローマへの参照やアメリカ合衆国誕生の影響が注目されたが、フランス革命から1世紀以上遡るイギリス革命が及ぼした影響は、近年再評価されつつある大西洋革命論の射程にも入っておらず、ほとんど等閑視されたままである。レイチェル・ハマーズリーのように、英仏革命のつながりを調べる研究も現れつつあるが、思想伝播を研究するものが目立ち、歴史認識はあまり考察対象になっていない。申請者は、フランス革命期における17世紀イングランド史への直接的言及を掻き集め、その解釈の多様性や認識の強さの変遷を俯瞰的に把握することによって、フランス革命の構造と展開を再考する。
本研究の意義は、単にフランス革命を新しい角度から照射するのみならず、ナショナリスティックな歴史認識の修正を促す点にある。19世紀に誕生した歴史学は、国民国家への帰属意識を醸成するひとつの手段として機能してきたのであり、いまだに国家間の差異を強調することを得意とする。私たちはこの歴史観を通じて無意識のうちにナショナリスティックな世界認識を植えつけられている。フランス革命史はとりわけナショナリスティックなきらいがつよく、1886年にパリ大学にフランス革命史講座が設置されて以降、フランス国民の統合の象徴として機能してきた。報告者は、いわば国民主義歴史学の聖域に切り込むことによって、国際協調の時代にふさわしい、国家間の差異を無意識に前提としない歴史認識・世界認識への転換をもたらす視座の創造のために一石を投じたいと考えた。
研究成果・研究で得られた知見
従来の研究では、17 世紀イングランド史を失敗と捉えるデイヴィッド・ヒュームの『イングランド史』がアンシァン・レジーム期のフランスで大人気を博し、フランス革命期には、しばしば反革命派・穏健派が革命の行き過ぎを抑えるものとしてイングランドの歴史を引き合いに出した点が注目されてきた。しかし報告者は、フランス革命期に出版された17 世紀イングランド史に関する史料(歴史書、政治的著作、伝記、戯曲、小説、翻訳資料など)を広範に収集し、読解することによって、歴史家キャサリン・マコーレーの共和主義的な解釈を好み、ヒュームとは異なる解釈の歴史書を翻訳する革命家がいるなど、多様なイングランド史解釈が存在したこと、またフランスの人々が、国王の処遇をめぐる問題、クロムウェルのような独裁者台頭に対する懸念、反革命の是非をめぐる問題をはじめとして、様々な点でイングランド史との類似性を認識し、その解釈をめぐって論争を繰り広げていたことを明らかにした。しばしば未曾有の出来事の連続として叙述されるフランス革命について、当時の人々が17 世紀イングランド史の展開を意識し、その解釈とフランスへの適用をめぐって議論を繰り広げながら、すなわち自分たちの未来を予測しながら歩んでいたという、これまであまり注目されてこなかった側面に光をあてることができた。
今後の課題・見通し
報告者は、博士学位請求論文の執筆を今後の最重要課題とし、本研究助成の研究成果を発展させながら、引き続き17世紀イングランド史への参照について探究する。具体的には、第一に、フランス革命期に限定することなく、ナポレオン体制期を考察対象に含める。ナポレオンは、天才的な軍人・政治家として、オリヴァー・クロムウェルとしばしば比較されたのであるし、ナポレオン自身も17世紀イングランド史を読んでおり、周囲の人々の回想録のなかに、彼のイングランド史への言及が多く残されている。第二に、名誉革命への参照について調査する。申請者は、これまでピューリタン革命(チャールズ1世裁判、独裁者クロムウェルの台頭)やチャールズ2世の王政復古に対する類似意識を中心に扱ってきたが、名誉革命も度々参照されている。名誉革命がどのように評価されていた出来事であったのかを調べたうえで、ピューリタン革命への参照と比較し、その独自の意義を明らかにしたい。
2019年5月