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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2017年度

映画と「エコノミー」――1930年代の古典的ハリウッド映画における経済と物語様式の因果関係に関する研究

早稲田大学演劇博物館 助手
木原 圭翔

研究の動機・意義・目的
 1910年代後半から1960年頃までにかけて製作された「古典的ハリウッド映画(classical Hollywood cinema)」は、物語のわかりやすさ、簡潔さ、効率的な語りなどを重要な特徴としている。これまでにもその物語様式は詳細に研究され、学術的にも批評的にも高く評価されてきた。一般にこうした物語上の簡潔さは、予算の効率化といった映画製作における経済性とも深く関連していると指摘される。しかし、両者の厳密な関係性については不明瞭な点が多く、その実態はほとんど解明されていない。すなわち、映画会社の事業効率化のための経済政策や経営方針の転換や刷新などは、実際の映画作品が実現している語りの効率性といかなる関係にあり、具体的にどのような因果関係が認められるのか。そして、両者に密接な関係があるのならば、芸術的価値ではなく、利益追求を目的とする映画会社の効率化が、なぜ「古典的ハリウッド映画」、ひいては映画芸術一般の美徳として評価されるようになっていったのか。営利企業としての映画会社に関する経済学的アプローチと、具体的な作品分析によって映画の芸術的価値を探究する美学的アプローチという、これまでほとんど交わることなく個別に発展してきた二つの研究分野を「エコノミー」の観点から俯瞰的に捉えることで、「古典的ハリウッド映画」の実態の一端を明らかにすることが本研究の目的である。

研究によって得られた知見
 本研究では、ワーナー・ブラザーズ社が製作した『黒蘭の女』(Jezebel, 1938)という古典的ハリウッド映画を具体的な事例としながら、上記の問題を検討した。本作はフランスの著名な映画批評家であるアンドレ・バザンが、物語を伝える表現形式の「効率性」という観点から賞賛し、映画芸術の一つの到達点とみなしたことでも知られている。
 名匠ウィリアム・ワイラーによって監督された『黒蘭の女』は、主演のベディ・デイヴィスがアカデミー主演女優賞に輝くなどした、1930年代を代表する古典的ハリウッド映画の一つである。南北戦争直前の南部と北部の対立を時代背景とし、南部で育った気の強いわがままな女性の恋の挫折が描かれている。ベティ・デイヴィスが着る豪華なドレス姿が当時から大きな話題となっていた本作は、歴史大作映画として、撮影開始以前から通常の作品よりも大きな予算が設定されていた。しかし、作品に対するワイラーの芸術的な強いこだわりと、それに伴う撮影日数の大幅な超過のため、実際の製作費用は、当初の予定を大きく上回ったことが先行研究によってすでに明らかにされている。これは同時代に製作された同じ映画会社の他作品と比べても多くの予算が費やされており、本作が予算という意味では極めて非経済的であったことがわかる。つまり、ここではバザンが絶賛したような簡潔で効率的な語りが、予算の節約に必ずしも貢献していない。反対に、本作の場合では、画面上の簡潔さを最大限追求するために、むしろ多くの時間や予算が費やされている。つまり、完成した作品の画面上に見られる効率性と、製作に関連する経済的な意味での効率性との間に明白な因果関係は存在しない。映画研究者はこれまで漠然とエコノミーという言葉を美的な意味でも経済的な意味でも用い、両者を結びつけてきたが、その関係性は作品ごとにその都度吟味しなければならない問題であることを、『黒蘭の女』という作品は端的に示していると言えるだろう。

今後の課題・見通し
 今後の課題として、さらに複数の調査対象を選定し、当該作品の製作予算及び画面分析を継続して行うことで、同時代の古典的ハリウッド映画に見られる一般的傾向を明らかにする必要がある。そのために、今回の研究では十分にできなかった製作に関する一次資料(雑誌記事、撮影台本、メモ、書簡等)の調査を体系的に実施していく予定である。経済的観点から作品分析を行うことで、芸術作品としてではなく、「文化産業」としてのハリウッド映画を評価するための、新しい指針の提起を目指したい。
 また同時に、今回の研究で明らかになったのは、映画研究において頻繁に使用される「効率的な語り」という文言の意味が極めて曖昧であるという事実である。したがって、その内実を各論者によって語られる文脈に即して、より一層精査していく必要があるだろう。すなわち、「効率的な語り」と言われる時に、それが経済的な意味での効率性なのか、あるいは美的な意味での効率性なのか、あるいはその両方を達成している傑出した作品を指し示しているのか。そうした多様な関連性を正確に見極め、作品ごとにエコノミーの因果関係を明確化していくことが、今後の研究の重要な課題である。

 

2019年5月

※現職:早稲田大学文学学術院 講師(任期付)

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