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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2017年度

歌舞伎鳴物作調の分析的研究―伝統的リズム構成法がもたらす「間」の音楽効果の解明へ向けて―

東京藝術大学大学院音楽研究科 博士後期課程
鎌田 紗弓

研究の目的・動機・意義
 本研究は、いわゆる日本の伝統音楽でしばしば“独自の感覚”と強調されながらも科学的検証に乏しかった「間」の音楽表現の特質を、伝統的なリズムパターン構成法(作調)の分析を通して探求するものである。なお検討対象の「間」については、「音楽のリズムを、拍の頭と頭のあいだの時間的距離という観点から、演奏の次元で捉えた概念」という定義を採用する(蒲生 1983:139)。
 一定のテンポから緩急、当意即妙のリズム表現までを幅広く指す「間」は、「生きていることを確かめる時間の区切り、切断、その響き」(中井 1975:192-193)と称されるような文化に根差した感覚として、いわゆる日本伝統音楽を語る上で不可欠の要素とされてきた。その伝統的な感覚が失われつつあるのではと危惧する批判が、近代以降の演奏者・研究者の言説に散見するが(小林 1967、田中 1983他)、具体的な音楽内容の検証は試みられてこなかった。「間」があまりに広範な概念であることも一因していようが、これでは批判と学術的に把握されている実態とが乖離するばかりである。また(徳丸 1983)が指摘するように、個々の事例が指す内容、拍の伸び縮みをはじめとする種々の音楽的特徴は日本に限られたものとは言えず、「独自のもの」という前提を外して、仕組みの面から具体的に問い直す必要があるように思われる。
 多様な表現に通底するものはなにか。そもそもなぜ日本伝統音楽に「間」の表現を盛り込みうるのか、そして同じ作品を演奏しながらそれを“失い”うるとされるのか。こうした問いに対して、本研究は演奏家の叙述(内側の視点)と計量的分析(外側の視点)の両面からアプローチする。抽象的な指摘を超えた現状認識、ひいては日本伝統音楽のリズム的特質を解明するという長期的な取り組みの第一歩として計画されたものである。

研究成果や研究で得られた知見
(1) 演奏家の叙述
 特徴が形成されるにいたった文化的背景を視野に入れて考察するため、年度を通じ、東京を拠点とする複数の演奏者への聞き取り調査・参与観察を継続した。複数の演奏家による「間」の語りには、年齢的な立場や楽器の役割等も一因して当然ながら相違点が多くあるが、興味深い共通点も指摘できる。それは、緊張感・静寂・テンポの揺らぎといった結果的に生じる特定の現象ではなく、むしろそれを実現する瞬間、音楽を実現するための具体的動作や一回性に重点が置かれる傾向にあるということである。美学的考察や英訳などに時折見られる「空白」や「切断」は、音が持続しているかどうかに関わらず、むしろ演奏家からは忌避されている。このことから、音楽の流れ・リズムを作りだす動態的なプロセスとしての側面を記述していくことが、「間」の理解を深める一助となりうるという方向性を示した。
 この成果の中間報告および試論的分析については、8月にソウルで開催された学会で "Exploring the Musical Expression and Mechanism of " Ma " in the Kabuki Percussion Ensemble"と題した口頭発表を行っている。

(2) 計量的分析
 10月にダラム大学 The Music & Science Lab(以下MSL)へ約2週間ビジター研究員として滞在し、Entrainment(同調性)の分析手法の応用可能性を検証する研究を行った。この分析手法に着目したのは、従来の日本音楽研究では観測できなかった「演奏のタイミング」を時系列データ化し、楽器の影響関係や拍の伸び縮みの特徴などを統計的手法で分析できることによる。なお本来は分析用に楽器別の録音を用意することが望ましいが、試験的なものとして市販の録音を使用した。基本的な時系列データ分析の結果、五段構成に対応したテンポの変化、楽器ごとに異なる非同調性などが確認された。このような特徴が個人的な「感覚」ではなく体系的なデータから実証できると確認されたことはきわめて意義深いと考える。Entrainment の分析はインド音楽、アフリカのドラム、弦楽合奏などに近年成果が挙がっており、今後データを蓄積できれば様々なジャンルと問題意識を共有し、独自性の検証にも資することができるように思われる。"Towards an Interdisciplinary Study of Japanese Musics"と題したダラム滞在中の口頭発表では、鳴物分析の中間報告を行うとともに、日本音楽の他のジャンルにどのような分析の可能性があるかについて問題提起を行った。

今後の課題・見通し
 以上述べてきたように、本研究はやや漠然と理解されてきた概念や伝承実態について、担い手の見解をふまえつつ、諸要素に分解しながら仕組みや背景要因を問い直す作業を行ってきた。得られた成果については論文を執筆中であり、学術雑誌への投稿を予定している。またMSLと連携したより詳細な音楽分析については、今後は市販の録音ではなく、研究用に録音・録画を行うことが望ましいという点で見解が一致しているものの、当該年度中の計画立案・実施は難しく、必要機材や協力者などについて打合せを続けている。今後も「間」をより広い視座から捉える調査・研究を継続していく。

 

2019年5月

※現職:日本学術振興会 特別研究員PD(東京大学)

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