成果報告
2017年度
日中兵学における択日占の比較研究
- 大阪大学大学院文学研究科 教務補佐員
- 椛島 雅弘
研究の動機・意義・目的
本研究は、日中兵学における択日占はどのような根拠・理論に基づいて成立しているのか、またその継承関係は、具体的にどのようなものだったのか明らかにすることを目的とした。
中国兵学には、『孫子』に代表される人為的努力によって勝利する兵学と、「択日(日選び)」のような占術を頼りに勝利を目指す兵学、二つの大きな潮流が存在する。しかし研究史においては、後者を価値のない迷信とみなし、前者ばかりが重視されてきた。
一方、日本でも、平安時代には中国の占術的兵学が受容され、武田信玄や上杉謙信のような戦国武将の記録や、江戸時代以降の兵学書にその痕跡が見られる(小和田哲男『呪術と占星の戦国史』、新潮選書、1998年)。しかし、その実態や影響関係については、明らかになっていない部分が多い。
これに関連して、中国占術の背景には、「天人相関」「陰陽五行」のような、東アジア圏の歴史・文化全般に根ざす思想がある。従って占術は、たとえ現代人にとって迷信と見なされても、中国や日本の文化を理解する際、決して無視することはできない存在である。
さらに、現在の日本でも用いられている中国式の風水や易といった諸占術は、兵学における占術と理論がしばしば共通しており、関わりが深い。日常でも戦場でも、人々は多種多様な占術を参考にして、あるいは無自覚的に占術の影響を受けて物事を決定してきたのである。以上の背景を勘案すれば、本研究のような横断的考察がいかに重要かわかる。
従って本研究では、数ある日中兵学における占術の中でも択日占(戦いにおける吉日と凶日を占う術)に対象を絞り、その理論や日中兵学における影響関係を明らかにすることを目指した。
研究成果
① 中国兵学における択日占の理論について
古代中国の兵学における択日占の実態を解明し、後世どのように発展したのか明らかにした。まず、現時点で最も成立が古い『天地八風五行客主五音之居』(竹簡資料、以下『天地』と略称)と『蓋廬』(竹簡資料)について検討した。『天地』の理論は、六十干支を攻撃側有利の日と守備側有利の日に二分し、また有利の度合いを、それぞれ二倍(十日間)、四倍(八日間)、八倍(六日間)、十六倍(四日間)、三十二倍(二日間)のように、五段階に分けて規則的・単純に占断を下すものであった。
一方『蓋廬』は、神煞(日の吉凶に関与するとされた神、日本では「暦注」と称される)を用いていた。具体的には、干支に五行を配当した上で性質を持たせ、また四季とも絡めて不規則的・多種多様に占断を下すものであった。
次に、『虎鈐経』『武経総要』『戎事類占』等に見られる後世の択日占の理論を分析した所、基本的に『蓋廬』の占術理論を継承していたことが明らかとなった。
以上の成果については、名和敏光編著『東アジア思想・文化の基層構造―術数と『天地瑞祥志』―』(汲古書院、第一部論考篇「銀雀山漢墓竹簡『天地八風五行客主五音之居』客主篇と中国兵学における択日占」を執筆、2019年)として発表した。
② 日本兵学における択日占の理論について
『兵法雌鑑』(北条流)には、『蓋廬』『虎鈐経』等と同じく、五行説に基づいた択日占が確認された。一方、「羅刹日」「因果日」のような仏教用語が用いられていることも確認できた。
また『武教全書講義』でも五行説に基づいた「進発吉日」「制剋日」「伐剋日」「臆病日」「返報日」という占術が見られた。以上の研究成果については、現在執筆中であり、近日中に「日本兵学における択日理論と中国兵学との関係」(仮)として投稿する予定である。
研究で得られた知見
本研究で得られた知見は、以下の三点に集約される。第一に、日中兵学における択日占の理論には、五行説が用いられているケースが多い点である。
第二に、中国の択日占は、凶日に関する記述のほうが圧倒的に多い一方、日本の択日占は、吉日・凶日どちらかに偏らない点である。この原因の一つには、恐らく日中における文武観の相違が挙げられる。中国では「兵は不祥の器なり」(『老子』)とあるように、戦争は忌むべきものという価値観が強く存在していた。また、武人より文人のほうが重用された。一方日本は、中国と比べて武人が尊重されることが多く、また戦争は忌むべきという考えも薄かった。このような文化的背景が一因として考えられる。
第三に、日本の択日占のみ仏教用語が登場する点である。これは恐らく、江戸時代までの中国古典の受容者が、主に僧侶であったことが原因として挙げられる。
今後の課題・見通し
今後の課題は、「日本兵学における択日理論と中国兵学との関係」(仮)を完成させ、投稿することである。その上で、択日占以外の占術にも着目し、「日中兵学における占術の理論はどのようなものか」「中国兵学と日本兵学の占術面での影響関係はどのようなものか」という点について総合的に考察し明らかにしたい。
2019年5月
現職:京都産業大学全学共通教育センター 非常勤講師