成果報告
2017年度
「選好予想」を実現する認知・神経メカニズムの解明
- 日本学術振興会 海外特別研究員(受入機関:ヨーク大学心理学部)
- 伊藤 文人
研究の動機・意義・目的
人は様々な場面で、将来もたらされる「他者からの評判」を予想し、行動を選択している。例えば、「この選挙には必ず勝てる」と考えて立候補することや、「妻に喜んでもらえそうだ」と考えて花を買っていくといった行動は、将来もたらされる「有権者」もしくは「妻」からの評判を予想した上で行われるものであると考えられる。こうした「他者からの評判の予想」は実生活上で欠かすことのできないものであるが、この予想に関わる認知メカニズムは十分に明らかにされていない。社会心理学では他者と実際にコミュニケーションをとっている際に、他者からどのように思われていそうか(例、どれくらい好きと思われていそうか)考えるプロセスが検討されているものの、事前に与えられた顔写真などから予想をすることに関わるプロセスについては未だ不明な点が多い。この予想のプロセスを明らかにすることは、極めて複雑な人間の社会行動を理解する上で、基礎的な知見をもたらすことが期待できる。
本研究では、その第一歩として他者の顔を実験刺激として用いて検討を行った。具体的には、将来実際に対面して会話をすることになる見知らぬ他者の顔を見ている際に、その人物が自分を好きになってくれそうか予想すること(選好予想)に関わる認知・神経メカニズムを検討した。
研究手法
① 脳機能画像計測(機能的MRI)
参加者は機能的MRIによる脳活動の測定中に、様々な見知らぬ他者の顔をコンピュータ画面上に呈示された。参加者は顔が呈示されたらなるべく早くボタンを押すように教示された。なお、参加者はそれぞれの人物と数日後に会話をすることになっており、課題前にこのことを予め知らされている。この手続きにより、それぞれの顔が呈示された際、被験者はより注意深くそれぞれの顔を見ることが期待された。脳活動測定終了後、参加者は別室にて改めてそれぞれの顔を呈示され、その人物と将来会話をした際にその人物が自分のことをどれくらい好きになってくれそうか予想した。これらの手続きによって、「自分はこの相手から好かれそうだ」という情報が脳のどの部位で表象されているか検討することが可能となる。
② 会話課題
互いの顔について選好予想を行った参加者同士が、後日実際に対面して3分間ずつ会話を行い、会話終了後に互いが互いをどれくらい好きか(選好)、相手が自分を好きそうか(選好予想)について実際に評価しあった。この会話課題において、各参加者は合計で約60名の他者と3分間ずつ会話を行った。この手続きによって、選好予想が実際の相手の評価とどの程度一致するか検討することが可能となる。
研究成果
解析の結果、選好予想には腹内側前頭前野と呼ばれる領域が関わっていることが明らかとなった。すなわち、「自分はこの相手から好かれそうだ」と無意識に感じた時ほど、この領域の活動が上昇することが示された。本研究では顔を見ている際に相手が自分のことをどう思いそうか考えるようにとの教示は一切していない。すなわちこの結果は、人が他者の顔を見ただけでその相手から好かれそうか予想を行っていることを示唆している。
しかしながら、その後の解析の結果、選好予想と相手の実際の評価の間に有意な相関は認められず、選好予想の精度自体はそれほど高くないことが明らかとなった。この結果は、選好予想が何らかのヒューリスティクスに基づくものである可能性を示唆している。一方、会話課題の際の選好予想の評定は相手の選好の評定と有意に相関していた。このことから、3分間の会話の中で得られた会話内容や相手の振る舞いなどから、ヒトはある程度正確に相手が自分のことをどう思っているか推測することが可能であることが明らかとなった。
今後の課題・見通し
本研究では、「他者の顔」に着目し選好予想に関わる認知メカニズムについて検討を行った。人が顔を呈示されただけで、その人物から好かれそうか予想することは明らかとなったが、この選好予想は正確とは言い難いものであった。一方、3分間の直接対話後には選好予想の精度が高まることが明らかとなった。今後は、会話の内容や相手の表情といった、選好予想の精度を高めると考えられる要因がどのように脳内で処理されているかについて更なる研究が必要であると考えられる。
2019年5月
※現職:高知工科大学フューチャー・デザイン研究所 講師