成果報告
2017年度
地域文化活動(闘牛)に対する外部影響と、その対応に関する協働的研究-新潟県の国指定重要無形民俗文化財「牛の角突き習俗」をめぐって-
- 東京大学 東洋文化研究所 教授
- 菅 豊
研究の成果および進捗状況
本研究は、地域文化活動の実践者と研究者とが、伝統文化を取り巻く複雑な外部状況と、それを動かしている社会的仕組みを協働的に学習・研究すること、そしてそれによって外部状況を十全に理解し、それに的確に対応する「力量」を高めることを目的としている。本研究の最大の特徴は、その学習・研究を行うにあたり、問題発見から企画、運営の諸段階で実践者と研究者とが協働作業を行い、さらに、そのプロセスを研究者が観察、モニタリングし、研究することによって「地域文化活動の実践者と研究者による協働的研究」の可能性と問題点を探究する点にある。本研究の対象である新潟県小千谷市の国指定重要無形民俗文化財「牛の角突き習俗」は、現在、動物愛護思想や女人禁制問題、無形文化遺産保護、観光、地域おこしなど、現代的な外部論理や価値、あるいは外からもたらされる制度や資源の影響を強く受けている。そのため実践者たちは、文化継承の過程で外部状況を理解することが求められている。本研究では、地域論理を見落としがちな外からの介入への抵抗力や、地域文化活動の発展に不可欠な外部の制度や資源を巧く活用する(使い回す)適応力を、実践者が主体的に獲得し続ける「きっかけ」を生み出すために、地域文化活動の実践者と研究者が、伝統文化継承の過程で立ち現れる現代的課題を双方向的、かつ協働的に学習・研究(collaborative learning)する勉強会を、全5回開催した。
第1回勉強会では、従来、闘牛運営において発言力の弱い若手会員(北斗会)の声を拾い上げるために「総会」を開催し、今後、牛の角突きを発展させ、未来に継承するために必要なこと、困難なこと、改善すべきこと、守るべきこと等々を議論した。第2回勉強会では、新しく闘牛アナウンサーを継承した若者が、闘牛アナウンスに関する技量と知識を研鑽するために、沖縄の著名な闘牛アナウンサーと交流し、それを学んだ。第3回勉強会では、角突きを周辺で支える技術や知識を、その伝承者たちから学び、継承するために、小千谷闘牛振興協議会会員が中心となって「面綱づくり体験教室」を開催し、自ら映像記録やインタビューを行った。第4回勉強会では、南部牛・角突き牛生産の現状と課題について学習するために岩手県久慈市の生産地を見学し、さらに地域間関係者交流会におけるいわて平庭高原闘牛会会員、南部牛生産者との交流を通じて、両地域の事情を両者で学んだ。第5回勉強会では、従来、角突きの表舞台に登場することのない、そして角突きに関わりながらも闘牛場に入ることがない女性たちが、女人禁制問題について議論し合った。
研究で得られた知見、今後の課題
本研究により、1、伝統維持における若者の積極的参加の促進、2、闘牛観光化の先進地における諸活動例の応用、3、地域文化伝承者自らの研究・学習能力の向上、4、産地も含んだ地域間連関の重要性、5、伝統文化への女性参画に関する多様な価値理解などに関する知見が得られた。その知見は、本研究の進行中になされた女人禁制批判の観点からのマスコミ取材への対応、さらに新規の来客者向けイベントの開催(闘牛解説者による牛の角突きばなし)などの具体的な局面で効果的に活用された。ただし本研究で取り扱った問題は、長期の取り組みが必要なものばかりであり、今後、本プロジェクトで得られた経験をいかに継承・継続し、発展させていくかが、重要な課題となっている。
2018年8月