成果報告
2017年度
那覇・第一牧志公設市場における「食」と「職」の伝承-「重箱プロジェクト」を手がかりにして
- 東洋大学社会学部 助教
- 新 雅史
内地にはほとんど残っていない公設市場が那覇の中心部にある。戦争で生活手段を奪われた那覇市民が、バーキ(竹製の籠)ひとつで商売を始めた、戦後那覇の象徴である。だが昨今、市民の市場離れが進む一方、急速にエリア全体の観光化が進んでいる。また、公設市場では、事業者の高齢化と後継者不足に苦しみ、建物の老朽化によって建て替えが迫られている。こうした大きな環境変化のなかで、これまで築き上げた公設市場周辺エリア(「マチグヮー」)の価値を再確認しようとする動きも起きている。
こうした動きのなかで私たちが注目したのは、ソーシャルワーカーである稲垣暁氏が主催してきた「重箱プロジェクト」である。このプロジェクトは、学生が公設市場に重箱を持って行って、そこに詰めるべき食材をお店の人に伺いつつ購入するというものだ。
沖縄での重箱は、祝い事や法事にとどまらず、旧盆や清明祭(シーミー)の際のお供物に用いられる。重箱は、地域の食材で彩られていて、その詰め方にも独特のルールがある。それは沖縄の食文化を象徴的に表現したものと言ってもよい。だが、徐々に家庭のなかで重箱を作ることが少なっていて、いまやスーパー・コンビニ・弁当屋で重箱の完成品が販売されている状況である。
こうしたなかで稲垣氏は、旧盆・清明祭の時期に、学生が重箱を手に持って公設市場で買い物するプロジェクトを考えた。学生が市場内で重箱を持っていると、その物珍しさから、お店の人が積極的に話しかける。そこで学生たちは重箱のしきたりや伝統食にまつわるエピソードを学んでいく。また、その延長線上で、沖縄の市場文化の1つである「シーブン(おまけ)」をいただく。こうした試みは、ひとり学生の学びにとどまらず、公設市場の事業者にとっても自らの役割を見つめ直す契機になっている。
私たちは、9 年に亘る「重箱プロジェクト」の経緯と成果をとりまとめる作業をおこなった。また、実践活動として、2018年1月に、北海道の大学生と10代の子どもたちによる、沖縄食文化の探索ワークショップをおこなった。続いて2018年2月に「マチグヮー楽会」のプログラムとして、「市場の子ども」と題したイベントをおこなった。
それに加えて、公設市場で取り扱われている食材の流通を映像メディアによって残すこと、および事業者のライフヒストリーを記録し、それを広く共有するための資料作成もおこなった。
本年度、以上の作業を報告冊子としてまとめる予定であったが、食材流通の記録、および事業者のライフヒストリーの整理に手間取っていて、編集作業が当初よりも遅れている状況である。この1年間での実践活動・事業の記録を通して、マチグヮーにおける「食」と「職」の伝承について、厚みのある資料の作成に見通しがつきつつある。2018年度はこうした資料の収集、整理をおこないつつ、同時に、その成果をとりまとめるべく報告書の作成を急ぎたい。
2018年8月