成果報告
2017年度
日本留学の長期効果に関する実証研究-北京日本学研究センター修了者を事例に
- 信州大学高等教育研究センター 専任講師
- 李 敏
本研究は、1985年に設立された海外最大の日本語教員、日本学研究者の養成機関である北京日本学研究センターをケーススタディーとし、センターの学生が日本留学によって構築された「知的ネットワーク」が日中両国及び個人に及ぼした長期効果を明らかにする内容である。研究対象者を日本語、日本文化の予備知識を持つ留学生に絞ったことにより、日本留学が社会及び個人へ与える長期効果を正確に測定することが可能になる。これを通して、個人、社会に高い効果を与える留学教育を提供するための示唆を得ることを目的とする。
以上のような研究目的を踏まえ、本研究では下記の調査を実施し、研究会を開催した。
第一に、北京日本学センター30年間の教務データをデータベース化し、センターの修士課程修了者の進学、学習、さらに進路をめぐり、設立してからの30年間の変遷を教務データより追跡してみた。その分析を通して、下記の3つの知見を得た。①北京日本学研究センターが日本語教員、日本研究者の養成を、中国の各地域、各種類の大学に徐々に浸透させていく役割を果たした。②修論のテーマに関しては、日中の比較研究を行う内容がまだ少数にとどまっているものの、海外で日本研究を実施する視点を持っていること自体が重要な意義を持っていると高く評価できる。③研究職を選択する修了者が減りつつあるが、日本学研究者を養成する機関としての機能が依然として健在である。なお、この部分の分析は、「中国における日本学研究者養成の変化―北京日本学研究センター修了者を事例に―」をテーマに、『総合人間科学研究』12号に掲載した。この分析を通して、長期的評価を行う際に、量的研究によって、長期的趨勢の把握ができたとしても、細かい部分の究明はやはりインタビュー調査などの質的研究の併用が必要であるという知見を得て、次の段階で関係者のヒアリング調査を実施することにした。
第二に、研究メンバーは、北京日本学研究センターの現センター長と元センター長、外務省関係者、センターで教えた経験を持つ日中両国の教員、及びセンターの修了者を対象に、インタビュー調査を実施した。特にセンターの運営方針が大きく変化した第3期にフォーカスして、計画経済から市場経済への転換、新左派と自由主義論争による社会科学の活発化などの社会背景の変化に加え、センター長の日本語学に止まらず、日本学に対する研究を強化するという経営方針の転換などが、学生への影響、及び修士修了後のキャリアについて、インタビューを実施した。この分析を通して、下記の知見を得た。①時代の特徴が留学の目的、留学の効果を大きく規定したため、留学生のコーホート分析が必要であり、また、長いタイムスパンでの考察が必要である。②時間をかけて構築した社会的ネットワークの役割に着目する必要がある。この部分の知見は、「日本留学の長期効果に関する研究-90 年代の北京日本学研究センターを例にする-」を題し、比較教育学会で発表し、現在学術論文として執筆しているところである。
2018年8月