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研究助成

成果報告

人文科学、社会科学に関する学際的グループ研究助成

2017年度

モンゴル帝国期多民族共生社会と文化交流に関する国際共同研究:イラン所蔵の多言語文書と中国・イスラーム陶磁の歴史・考古・美術史的考察を軸として

沖縄県立芸術大学附属研究所 研究員
四日市 康博

研究概要「モンゴル帝国期多民族共生社会と文化交流に関する国際共同研究:イラン所蔵の多言語文書と中国・イスラーム陶磁の歴史・考古・美術史的考察を軸として」

研究の成果・進捗状況

本研究はモンゴル帝国期イランにおける多言語複合文書研究と中国・イスラーム陶磁の流通をふたつの軸として研究が進められた。文書研究に関しては、イラン国立博物館で調査中であったアルダビール文書群の調査・研究の継続および、イランでの成果公開、さらに国立博物館との研究提携の再締結作業が進められた。なかでも新規に発見されたウイグル文字モンゴル語・トルコ語の複合文書に関しては研究者が意欲的に進められ、数本の学会発表・論文刊行がなされた。陶磁流通研究に関しては、イランのペルシャ湾岸港湾遺跡ならびにキャラバンルート上の都市調査が実施され、数件の新規発見の都市遺跡を含む十数ヵ所で中国陶磁の散布が確認された。本研究の最終的な目標としては、両研究班の研究成果の摺り合わせによりこのふたつの事象の根幹にある東西ユーラシアにおける文書作成技術上の相互影響と陶磁器生産技術上の相互影響、すなわち、非物質文化的な技術伝播と実際の物流がどのような相関関係を持つのかを議論する場を作り、国際ワークショップを開催して問題を検討することにあった。これは当初、文書研究班主導でおこなわれる予定であったが、イラン側の主要メンバーであるEmad al-Din Shaykh al-Hokama’iの体調不良により、助成期間内に実施することは困難となった。そのため、代替手段として陶磁流通研究班が主体となって東アジア史研究との共催で国際ワークショップが開催された。これは2018年5月に東京で開催された国際東方学者会議の1パネルとして本研究班以外の研究者の協力もあって実現したもので、「東アジア史を超えて―モノから見た宋元明移行期の東アジア世界」と題し、本研究班から四日市が企画・司会を担当し、森達也がパネリストとして参加したほか、イスラーム陶器を専門とするOxford UniversityのOliver Watsonが中国陶磁との関連を、復旦大学の邱軼皓がアラビア語写本・文書史料から見たモンゴル期インド洋貿易の状況を報告し、文献資料と陶磁資料の双方から見た歴史像の相互検討がおこなわれた。

研究で得られた知見

多言語文書研究においては、新たに発見されたトルコ語・ペルシア語合璧文書やモンゴル語・ペルシア語合壁文書の考察から、文書の内容に伴う新事実のみならず、従来通説とされていたように、正書としてのモンゴル語文書が先行して作成され、それが多言語に翻訳されたわけではなく、むしろペルシア語文書が先に作成され、それが逐語訳されずに要約されていることが明らかになった。すなわち、実務的なペルシア語文書が先に作成され、その後、上奏・認可的な意味合いも兼ねて対応するモンゴル語・トルコ語の文書が付加されていたのであろう。また、漢字・パクパ字・アラビア文字の方形朱印に関しても新たな知見が得られ、中国の印章を模倣してイランで類似の印章が作成されたり、個人間で印章の授受があったことがわかった。陶磁器に関しては、港湾遺跡・都市遺跡の調査を通じて、イランのキャラバンルート上を中国陶磁が運搬されていたことが明らかになったが、やはりモンゴルの支配した元代に突出して中国から陶磁器が持ち込まれたことが指摘できる。

今後の課題

文書上の書記技術・様式・慣習の伝播と陶磁器をはじめとする物資の流通の間にどのような関係があるかという問題は、本プロジェクトの最終的な目標のひとつであり、2018年5月におこなわれた国際ワークショップ(東方学会パネル)ではこの問題について議論もおこなわれたが、最終的な結論が未だ出ていない。この点は、両立場の研究から相互に議論をおこなう場の土台は形成されつつあり、今後、さらに議論を重ねる必要がある。

2018年8月

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