成果報告
2017年度
モデル国家・社会としての近代イギリス像とその歴史叙述の再検討-その複合国家性の観点から-
- 京都大学大学院経済学研究科 准教授
- 竹澤 祐丈
本研究は、昨年度から継続して、モデル国家・社会としての近代英国像では重要視されなかったものの、現実のイギリスを認識する上では重要な、複合国家性の観点を中心に、そのイメージと、それが語られてきた叙述のスタイル・内容とを自覚的に見直すことによって、私たちの近代社会認識をより豊かにするとともに、そこから照射される日本社会の問題点などにも論及することを目的としていた。
上記の目的を達成するために、今年度は昨年度と同様の4つの検討項目を立てて、それぞれにつき4回の研究会(外国人共同研究者の招聘セミナーやシンポジウムを含む)での検討結果や共同研究者以外の研究者との議論も参考にしながら考察を進めた。
第一の検討項目は、イギリス(UK)の複合国家性とはどのようなものであり、それはどのように語られてきたのかである。今年度は特に18世紀の複合国家に関する議論を集中的に分析・議論した。それは、17世紀以前のそれと比較して、イギリス固有の領域からの拡大の問題を中心的な課題として複合国家論が包摂するようになること、そしてその際には商業の問題が中心になることを、18世紀の思想家の言説分析を通じて再確認した。また18世紀のイギリスの複合国家論の展開に際して重要な対抗モデルとしてのフランスの同種の議論との比較検討を行った。以上の展望を具体的に検討する試みとして、韓国延世大学より2名の研究者を招聘したセミナーを開催した。
第二の検討項目は、モデル国家・社会として描かれたイギリスと、現実のそれとはどの程度解離しているのか、そしてその解離の原因は何かである。この点に関しては、イギリス内部でもそのようなモデル化に伴う現実との乖離が認められる個別事例につき議論を行った。例えば、16世紀のウェールズ合同や17世紀初頭のアイルランド併合が、複合国家に関する後代の議論において、典拠のような役割を果たしていることが明らかになった。例えばウェールズ合同は名誉革命期の、そしてアイルランド併合は18世紀初頭のイングランド・スコットランドの合邦の際の貴重な先例として参照されている。これらの事例以外にも、イギリスが複合国家の内実を修正・変更するときに、過去の複数の事例がモデルとして機能している点が詳細に確認された。さらに、このようなイギリス内部のモデル化の連鎖に注目して、その複合国家論の分析・検討が行われる必要性をも確認した。
またこれに関連して、モデル化と人文主義的な政治や社会の議論・認識の手法との関連について検討を行った。人文主義的な議論は、いくつかの歴史書(例えば『ガリア戦記』、『アイルランド地誌』など)の註釈や再解釈を通して過去の事例を理解し、(彼らのとっての)現状問題を議論するが、この過程がモデル化を促進する重要な側面を持つ点を注視すべであり、モデル化の問題を議論する上での不可欠な検討課題である点を具体的に確認した。
第三の検討項目は、何のために近代イギリスを参照すべきモデル国家・社会として認識してきたのかである。この点については、昨年度以来、西洋史や思想史の通史的記述のいくつかを分析しながら研究メンバー間で現在も議論を続けている。
第四の検討項目は、近代社会に関する認識や、外国の事例をモデルとして参照する研究の在り方に関するさまざまな功罪についての展望的な議論を昨年度に引き続き行った。
2カ年の活動を通して、イギリス複合国家の内部における過去の複合性の組み換え・変更がのちの時代の典拠として機能した点、この内部的な典拠化がイギリス固有の領域を超える海外植民地の問題の議論、そして他国がイギリスをモデルとして議論するときにも援用されていった点を総合的に議論しつつ、研究のとりまとめを行うと同時に今後の研究活動を展開する必要性を確認した。
2018年8月