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研究助成

成果報告

人文科学、社会科学に関する学際的グループ研究助成

2017年度

ODA失敗案件と相互依存に関する歴史・政策的研究

東京大学東洋文化研究所 教授
佐藤 仁

本研究では, 特に1980年代から2000年代にかけて日本がトップドナーとして支援してきたタイ、フィリピン、ミャンマー、アフガニスタン、スリランカに注目し、住民の再定住、環境問題、供与機材の不活用などを根拠にNGOや市民団体などに「失敗」として厳しく批判された案件の「いま」を追跡することを目的とした。特に現在でも観察可能なインフラ事業や無償供与機材に着目し、問題案件の「その後」を複数国で比較し、開発事業を通じて形成される国家と社会の相互依存構造の中でODAが果たす役割の解明を目指す。

本年度は、諸制約からアフガニスタン、フィリピンでの現地調査を延期し、代わりにスリランカでの調査を実施するとともに、東北タイの造林事業、ミャンマー国カヤー州のバルーチャン第2水力発電所の影響調査を行なった。スリランカでは北央部および中央部において、日本の援助によってスリランカ政府が実施した道路整備事業とマハウェリ流域灌漑事業を調査し、そうしたインフラが都市への人口流出に与えた影響を考察した。また、灌漑開発の1つとして実施された入植事業地では、30年以上経過した今、原因不明の腎臓病が頻発し当時の事業の影響ではないかという批判が政府に対して起きていた。ミャンマーのバルーチャン第2水力発電所補修事業に関する調査では、軍事政権下での開発事業に伴う人権侵害がNGOから批判される中で、2002年に日本政府は同補修事業にODAを供与したものの、工事が完了しないまま2004年から約8年間援助を中断した。調査の結果、援助中断中も発電所の故障は起きていたが、現地の技術者によって修理が行われ、発電量に影響を与えていなかったことがわかった。ただ、軍による強制労働などの人権侵害は続いていた。この研究では、あえて援助案件として「実施されなかった事業」の影響を研究することによって、援助を「止める」ことも1つの妥当な選択肢になりうることを示した。

タイでは、環境破壊や農民搾取の元凶として批判された東北地域のユーカリ植林の「その後」を観察し、ほとんどの地域でユーカリがいまだに有益な経済木として農民に活用されていることを知った。当時の批判は、土地に絡む問題が焦点であり、それが根拠なくユーカリ植林全体に敷衍されてしまったと考えられた。

研究成果の発信について、2017年8月のヨーロッパ日本研究学会でのODAセッションで西欧の研究者と交流した後に、2018年5月25日にはオランダのライデン大学で「日本援助の長期的影響」と題した講演を行い、2018年6月の国際開発学会春季大会では「東南アジア援助史のパズル」と題した代表者を含む一部メンバーの研究発表を行った。なお、このセッションでは研究メンバーのアーロン・ムーア准教授(アリゾナ州立大学)が1950~60年代の日本の大型インフラ援助が、実は戦前の経験と連続している事実をベトナムやミャンマーの事例から掘り起こし、佐藤仁(研究代表者)は、「開発協力は歴史から学べるのか」という問いかけをしつつ、1980~90年代にODA批判が集中したダムや灌漑、発電所、港湾といった日本の「問題案件」が20~30年が経過した後には「優良案件」に化けているというパズルについての仮説的な説明をおこなった。また、この報告の直後である2018年6月14日から17日までは1980年代に批判された東北タイ造林事業の現地調査を行い、そこでの考察を同年6月25日にJICA研究所で行われた研究会で報告した。

今年度は、事例から全体的な教訓を紡ぎだす段階まで至ることができなかったが、幸い、同一の研究課題で助成が認められたので、自立と依存というテーマに立ち返って、日本のODAが長期的にもたらした影響の類型化を試みたい。

2018年8月

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