成果報告
2017年度
インドネシア9・30事件をめぐる冷戦期東アジアの国際政治
- 慶應義塾大学 名誉教授
- 倉沢 愛子
インドネシアの1965年に発生したいわゆる9・30事件とそれに続く大虐殺や政権交代は、インドネシアの国内問題として研究されることが多かったが、本研究は、1960年代という冷戦期において周辺諸国との関係でとらえなおしてみることを主たる目的とした。当初計画していたように、朝鮮・韓国、フィリピン、ヴェトナムなどとの関係については、十分に解明することができなかったが、中国との関係に関しては大きな成果を上げることができた。
すなわち、中国の文化大革命との関連や、インドネシア華僑・華人たちと先祖の国、中国との関係などを十分に論じることができた。文化大革命が直に9・30事件とつながっているということを裏付ける確実な証拠は得られなかったものの、多くの側面的な情報からして、その二つの政治的な大事件に関連性が見いだされた。
また、インドネシア国内で華僑・華人は、北京政府との近い関係を疑われて左翼だとされ、住居、店舗、事務所などが襲撃されたり、学校が閉鎖されたりした。そのあげくに、個々人も「中国人は帰れ」といういやがらせを受けて、多くの者が、祖先の地中国への「帰国」を決断した。しかし戻った先の中国は、文化大革命の真っただ中で、帰国華僑たちは、「ブルジョアジー」だとして批判され、苦い思いを体験した。
そのような中国との関連を重視した研究に加えて、従来のようにインドネシアの国内の問題としても、まだ取り残されている研究をいくつか継続した。たとえば、スラウェシ島のマカッサルや、バリ島ジェンブラナ県における共産党一掃問題、左翼系住民の虐殺問題に関する聞き取り調査である。ジャワやスマトラ中心の従来の研究では、あまり注目されなかった地域であり、一定の意義があったものと思われる。
この一連の調査は、学術雑誌の論文以外に少なくとも2冊の単行本の刊行につながったことも明記しておきたい。
2018年8月