成果報告
2017年度
ポスト真実時代における政治情報接触における確証バイアスの検証―大規模オンライン調査実験による日米の比較分析―
- 早稲田大学大学院政治学研究科 博士後期課程
- 劉 凌
1.研究の背景と本研究の意義
ポスト真実の時代では、有権者の主流マスメディアに対する信頼が急激に揺らいでいった。例えば、アメリカでは、フェイクニュースがSNSで散在する上に、トランプ政権が主流マスメディアを批判し続けることによって、有権者のメディアへの不信感が高まっている。世論調査機関Gallup社の2016年の調査によれば、メディアを「信頼する」と答えた人は僅か32%となり、過去最低レベルであった。さらに、Gallup社による最新調査では、主流メディアの報道が「偏っている」「正確ではない」と思う人はそれぞれ全体の62%と44%に達したこともわかる。
一方、日本では近年メディアへの信頼が下がりつつあるが、日本人は他国の人々、とりわけアメリカ人よりメディアを信頼する傾向にある。メディアへの信頼が低下しつつあるアメリカと対照的な日本における人々のメディアとの関わり方を研究することを通して、「メディアを信頼するのは民主社会にとって良いことだろうか」という問いに対する答えを明らかにすることができ、さらにメディアの信頼回復やポスト真実との向き合い方について提言することにつながるという実践的な貢献も期待できる。
「メディアを信頼するのは民主社会にとって良いことだろうか」を検証するために、本研究は政治情報接触における「確証バイアス」という側面からアプローチする。「確証バイアス (confirmation bias)」とは、自らの態度と一致するメディア報道には積極的に接触する一方で相容れない情報は避ける傾向を指す。この確証バイアスに対して、学術界では懸念の声が上がっている。なぜならば、有権者が好みの情報のみに接触するということは、異質な意見への理解を妨げ、民主主義社会の成熟を妨げる可能性があるためだ。
本研究が確証バイアスに注目する理由は、メディアの信頼度が確証バイアスと負の関係(メディアの信頼度が高くなると確証バイアスの傾向が弱くなる)が存在する可能性がある、ということにある。すなわち、メディアを信頼すれば、人々は自らの態度と相容れない報道を、安易に避けることができないと推測できる。なお、確証バイアスに関する研究は主にアメリカで行われてきたが、本研究は日米比較を通して、メディアの信頼度が高い日本における確証バイアスがメディアの信頼度が低いアメリカにおける確証バイアスより弱いのかを検証し、「メディアを信頼するのは良いことだろうか」という最初の問いに答えようとする。
2.研究手法
有権者の政治報道への接触をより普段に近い環境で観察したいため、本研究はオンライン調査実験 (survey experiment)の手法を採用する。また、日本人の確証バイアスの傾向をアメリカ人の傾向と比較するため、本研究では日米比較を行う。具体的には、アメリカのオハイオ州立大学の学者と連携し、彼らが以前にアメリカで実施した調査実験と比較可能な調査設計を用いて、日本で調査を実施した。参加者は調査会社を通してリクルートした。
調査の手順として、現在日本で意見が分かれている政治争点に対する態度を尋ねた上で、参加者に研究者が作成した擬似ニュースサイトにアクセスしてもらい、そこに載せた政治争点に関連する新聞記事を自由に選んで閲覧してもらった。なお、各争点に関して賛成の記事と反対の記事を2つずつ参加者に提示し、記事の選択と閲覧時間を記録した。その他に、メディアの信頼度、普段のメディアの利用頻度、そして年齢・性別・学歴などのデモグラフィック変数も調査した。
3.研究成果と今後の発展
結果として、日本人参加者は元来の態度と相容れない新聞記事より、自らの態度と一貫する新聞記事の方を長く読んだ。すなわち、確証バイアスの傾向が見られた。しかし、アメリカ調査の知見と比較したところ、元来の態度と相容れない新聞記事に対して、日本人はアメリカ人より長く読んだ。すなわち、日本人の確証バイアスはアメリカ人より弱いことを示した。さらに、日本人参加者の中では、メディアに対して信頼すればするほど、元来の態度と相容れない新聞記事を長く読む傾向があると検証した。言い換えれば、メディアへの信頼は、確証バイアスの傾向を軽減させるという効果があると示唆される。
この研究成果をまとめた論文は海外学術誌『Human Communication Research』誌に掲載されている。今後の発展として、これまでの研究成果を踏まえて、なぜメディアの信頼度が高くなると異質な意見に接触したくなるのかという問いを解明し、その背後にあるメカニズムをさらに明らかにする予定である。
2019年5月