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研究助成

成果報告

2017年度

日韓年金改革の性格分析と立体的理論モデル構築―政官関係に着目して―

神戸大学大学院法学研究科 博士後期課程
ベ ジュンソブ

 日韓両国はともに非常に速いスピードで少子高齢化が進んでおり、これに伴う様々な社会問題を共有している。しかしながら、同じ社会問題に対する日韓両国の政策対応には明らかな違いが観察される。日本は、OECDの中でもっとも高齢者に優しい国であるとされている一方で、深刻な財政赤字問題を抱えている。それに対して、韓国は健全財政を維持しているものの、高齢者の非常に高い貧困率が深刻な社会問題になっている。これまでの福祉国家研究において日韓両国は、常に同じ類型に属するとされてきたが、それでは、以上のような日韓の政策対応における違いはなぜ生じるのであろうか。本研究では、福祉財政支出の中でもっとも大きい割合を占める年金制度に注目し、日韓両国の大規模年金改革の政治過程の特徴を明らかにすることを試みた。
 本研究の問題意識は以下の通りである。(1)社会保険原理に忠実な制度設計の起源を持ちながら、財政赤字縮小を共通の政策目標として推進してきた日韓両国において、なぜ年金制度に異なる政策帰結が表れたのか(2)福祉縮小を伴う年金改革が韓国では成功し、日本では失敗した理由は何か。これまでの年金改革に関する先行研究は、改革が困難とされる年金改革がなぜ世界各国で行われてきたのかに主に注目し、強いリーダーシップに基づく中央集権的な政府による非難回避戦略をその要因として指摘してきた。なお、韓国で大規模年金改革が成功した理由としては、特に年金制度の未成熟さが挙げられた。しかし、このような先行研究の知見は、日韓両国の年金改革の特徴を部分的にしか説明できない。非難回避戦略によって大規模年金改革が達成されたとしても、改革の内容は様々な要因によって制約される。また、大規模年金改革は、すでに年金制度が成熟している欧米諸国でも達成されている。
 本研究では、以上のような問題意識に基づき、日韓両国の大規模年金改革の政治過程を分析した。日本の場合は、新自由主義的性格が最も強かった中曽根政権期及び小泉政権期における大規模年金改革の政治過程を、韓国の場合は、金大中政権期から廬武鉉政権期まで(1997~2007年)を分析対象とした。
 中曽根政権期の場合、年金制度の統合を達成したが、それは厚生年金の財源を基礎年金の赤字財政補填のために利用するためのものであった。つまり、サラリーマンから自営業者への利益再配分としての性格が強かったと言える。
 一方、小泉政権期の年金改革は、確かに福祉縮小を伴う改革は達成されたものの、基礎年金に対する国庫負担率の2分の1への引き上げを行うなど、新自由主義的性格の強い小泉首相のリーダーシップとは矛盾するような側面を強く有していた。
 それに対して、韓国の場合、いずれの年金改革も左派政権期に達成されており、福祉縮小を伴う年金改革に成功することによって健全財政を維持することに成功したことが特徴である。
 日韓両国の年金改革の特徴は、左派政権は福祉を拡大し、保守政権は福祉を縮小するという党派性理論や強いリーダーシップによる福祉制度改革説明の限界を示唆する。また、これまでの福祉国家研究において主な分析対象となってきた国々は、執政制度として議院内閣制を採用している国がほとんどであったため、大統領制と議院内閣制の政治過程における特徴が十分に比較検討されてこなかった。
 これまでの研究で新たに得られた知見は、以下の通りである。
 日本の事例分析から明らかになるのは、首相の強いリーダーシップに基づいたトップダウン型の政治過程が大規模年金改革のための必要十分条件ではないということである。執政制度の側面から考えると、大統領制と比べたとき立法府と行政府との関係がより近い議院内閣制の方が、非難回避をより難しくさせる要因の一つとして働くことが明らかになった。次に、韓国で不人気政策であるはずの年金改革が成功した要因の一つとして、韓国の政治制度的特徴が不人気政策の政治過程に与える影響が明らかになった。韓国の大統領の任期が5年1回で固定されているため、代理人としての官僚が本人である大統領を裏切る可能性が相対的に高いことが指摘できる。これまで‘帝王的大統領制’と呼ばれてきた韓国の大統領制であるが、政治制度による制約の要因をも同時に考慮する必要があることが明らかになった。
 ただし、これから明らかにすべき課題もまだ多く残っている。本研究では、既存の研究で見落とされてきた執政制度の要因に注目したが、政治過程に大きな影響を与える他の要因として選挙制度及び政党システムを挙げることができる。このような様々な政治制度変数の多様な組み合わせが政策帰結にどのような影響を与えるのかについて、さらなる研究が必要である。

2019年5月

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