成果報告
2017年度
なぜ特定の政策は形成されないのか――医療費適正化をめぐる改革案のサバイバル分析
- 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 後期博士課程
- 三谷 宗一郎
1.背景と目的
1980年代において、自民党が推進してきた放漫な福祉拡充路線に終止符を打ち、強力な医療費適正化政策の実現を主導したのは厚生官僚だった。その際、具体的な改革案を構想した厚生官僚の多くは、1970年代までは主として公害対策に従事しており、医療政策に関与した経験は乏しかった。2~3年で異動するジェネラリストたる彼らが、なぜ短期間のうちに画期的な医療費適正化策を準備し、実現させることができたのか。
独自の調査で入手した厚生省の内部文書を精査し、政策担当者にオーラル・ヒストリーを実施した結果、じつは厚生官僚は国民皆保険達成前後の1960年代初頭から医療費適正化に向けた多数の改革案の準備を開始していたこと、歴代の担当者が部外秘の内部文書を通じて組織学習を繰り返した結果、1970年代までにある程度、実現可能性が担保された改革案が出揃うことになったこと、1980年代の担当者は過去の検討蓄積をベースに改革案を構想したため、短期間のうちに改革を実現できたことが明らかになった。
このような「組織学習を通じて中長期的に政策が形成される」という現象が観察された一方で、再び内部文書を精査すると、特定の政策課題に対して改革案が構想されないケースや、構想された改革案がある時期を境に突然検討されなくなるケースが見つかった。事例研究の結果、三つのメカニズムが政策の非形成をもたらしている可能性が示唆された(以上について近日、博士論文として提出予定)。
それでは、こうした政策非形成メカニズムがいつどのように生じるのか。定性・定量両面からアプローチし、説明を提示することが本研究の目的である。本研究を通じ、医療政策史および政策過程論に寄与する知見を得られることが期待される。
2.進捗状況
上記の研究について、本年度は主として次の四つを実施した。第一は、先行研究レビューの範囲の拡張である。最新の組織学習論に関する研究について検討した。第二は、新たな事例研究である。分析期間を拡張し、近年の制度改革も事例に取り上げて過程追跡した。第三は、現場経験者への研究報告である。厚生労働省の現役の医療政策担当者およびOBらに当該研究内容を報告し、フィードバックを頂いた。以上を通じて、これまで構築してきた分析枠組を再考し、より妥当なものへと修正した。また政策非形成メカニズムがいつどのように生じるのか、という問いに対する新たな仮説を設定することができた。第四は、分析手法の獲得である。本研究を実施する上で必要となるサバイバル分析を獲得するため、戦後制定された時限法の失効期限が、当初の失効期限を超えて長期にわたって存続する要因を定量的に把握する研究を行った(査読後、掲載決定)。
引き続き、分析枠組および仮説の修正を継続しながら、本研究の主軸をなす質問紙調査を実施し、定性・定量両面から上記の問いを明らかにすることが今後の目標である。
2019年5月 ※現職:医療経済研究機構 協力研究員