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研究助成

成果報告

2017年度

大阪キャバレー100年史――盛り場と社交の歴史社会学

立命館大学衣笠総合研究機構生存学研究センター 専門研究員
櫻井 悟史

■本研究の動機、目的
 日本のキャバレーの歴史書を紐解くと、その巻頭には政財界の重鎮の写真や言葉が並んでおり、そこから昭和期のキャバレーが政財界と密接に結びついていたことが分かる。事実、キャバレーは圧倒的な経済パフォーマンスを発揮していた「華やかな」巨大産業であった。ところが、キャバレーは「昭和の遺物」のように扱われ、現存するキャバレーも次々に閉店していっているという現状がある。このことが何を意味しているのか明らかにしたいというのが、本研究の動機である。
 キャバレーの盛衰は日本社会の変化を如実に反映しているように思われる。しかし、キャバレーとはそもそも一体なにかということが明らかでないため、このキャバレーの盛衰の意味を読み解くことができない。1980年代以降の生まれの人々にとっては、キャバレーとキャバクラの区別すら曖昧である。そこで、本研究ではキャバレーとは一体何かということについて、キャバレーという場所の機能に注目しつつ明らかにし、その歴史を書くことで、キャバレーの盛衰の意味、ひいては日本社会の変容の意味をとらえることを目的とした。


■本研究の意義、方法
 キャバレーについての先行研究は、キャバレー・ハリウッドの経営者であった福富太郎の『昭和キャバレー秘史』をはじめ、いくつか挙げることができる。しかし、それらの多くは、東京中心の研究であり、大阪については部分的にしか扱われていない。しかし、『大阪社交タイムス』というキャバレー業界紙を出版していた熊谷奉文が、『不死鳥の如く――大阪社交業界戦後史』の中で、「東京と大阪の東西両業界は、わが国社交業界の代表的な存在であり、それは車の両輪に等しい」と述べているように、東京の社交業界と大阪の社交業界は、別々に発展してきたわけではなく、互いを参照しあいながら、日本の社交業界を形成してきた。それゆえ、大阪の業界も含めてその歴史を明らかにしなければ、日本のキャバレーの歴史の全体像をとらえることはできない。そこで本研究では、大阪という地域を対象とすることにした。付け加えるなら、大阪の千日前にある老舗キャバレー「ミス大阪」は現在も盛況であり、衰退してきている感もない。これも大阪のキャバレーに注目する理由である。
 本研究では、大阪のキャバレーについてまとまった歴史を遺した熊谷奉文に注目し、彼の二冊の著書『大阪社交業界戦前史』と『不死鳥の如く――大阪社交業界戦後史』の調査をすることとした。具体的には、周辺史料を用いたファクトチェックを行ない、そこから読み取れるキャバレーの機能の変遷に注目しつつ分析した。


■研究成果、研究で得られた知見
 研究で得られた成果、知見は3つある。
 第一に、明治後半から現代に至るまでの約100年の大阪キャバレーの変遷の概要が明らかとなった。明治期後半に登場したカフェーは、現在の喫茶店、レストラン、スナックなどのルーツであるとされるが、キャバレーのルーツでもある。つまり、カフェーとは、様々な機能が未分化だったころの飲食をともなう社交空間の総称であった。そこから機能が分化していくことで、いろいろな業態が生まれていくこととなるが、逆にこのカフェーにいろいろな機能を加えていくことで発展した業態がキャバレーであった。ところが、1970年代以降、キャバレーからいろいろな機能が失われていくこととなった。その要因は多岐にわたるので詳細は割愛せざるをえないが、特に決定的だったのは、1970年代のキャバレー・ハワイチェーンによる小型キャバレーの流行と、1984年にキャバレー7割、クラブ3割という構想のもとにキャバクラが誕生したことであろうと、現状では考えている。キャバクラは1985年に流行語大賞となり、それ以降、「キャバ」といえば、「キャバレー」ではなく、「キャバクラ」がイメージされるようになり、一対一の男女の疑似恋愛的社交機能の比重が高まることとなった。
 第二に、京阪神貿易観光協会理事長の中田政三が刊行した『酒・煙草・珈琲』という本のなかに、『日本キャバレー三十年史』というタイトルで刊行される予定であった原稿が、「我が国の観光事業篇」と改題されて含まれていたことを発見した。これによって明らかとなったのは、キャバレーと観光会社の密接なつながりである。実際、キャバレー王と呼ばれた榎本正は、万国観光株式会社の取締役でもあった。こうしたことは、観光社会学や観光学が語る歴史には全く出てこない。ここから、本研究の射程を観光研究にまで伸ばすことができる可能性が生まれた。
 第三に、キャバレーを分析する上で有効な分析枠組みを提供してくれる、ノルベルト・エリアスの『文明化の過程』、レイ・オルデンバーグの『サードプレイス』、マイク・モラスキーの『日本の居酒屋文化』について詳細に紹介する論考を、安井大輔編『フードスタディーズ・ガイドブック』(ナカニシヤ出版)に寄稿した。特に、モラスキーの提示した〈共有〉の論理、〈私有〉の論理は、今後の研究の鍵となるとはずである。


■今後の課題
 本研究に残されている課題は主に5つある。(1)キャバレー経営者、従業員へのインタビュー調査研究、(2)中心的な客層であったサラリーマンや社用族の盛り場文化、娯楽文化研究、(3)ホステスに注目したジェンダー・セクシュアリティ研究、(4)周辺文化である飲食空間の文化、音楽空間の文化、性風俗空間の文化のなかでのキャバレーの位置づけについての研究、(5)キャバレーと日本の観光文化の関連についての研究。以上をふまえ、民衆の欲望と場所の関係について注目した新たな日本文化史を打ち立てることが、申請者の今後の研究課題である。

2019年5月 ※現職:立命館大学大学院先端総合学術研究科 授業担当講師

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