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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2016年度

2000年以降の東アジアにおける現代美術の社会的実践に関する調査―大日本帝國による植民地支配が遺した影響との関係に着目して

ロンドン芸術大学トランスナショナル・アート研究所博士課程
山本 浩貴

研究の動機
 現代美術における社会的実践、すなわち、芸術活動を通じて様々な社会問題に取り組む動きが近年東アジアで大きな注目を集めている。そのような実践は「ソーシャリー・エンゲージド・アート」などの名称で呼ばれ、日本や他の東アジア諸国においても、1990年代後半以降に欧米で発展した議論の蓄積を取り入れながら、盛んに論じられているテーマである。Claire Bishop、Grant Kester、Boris Groysといった欧米圏の美術史家・美術批評家らによる議論が(それらがソーシャリー・エンゲージド・アートを肯定的に捉えるものであれ、批判的に論じるものであれ)相次いで紹介され、その適切な受容は東アジアの現代美術を見る新しい視座を提供し、実りある成果が産出されてきた。その一方で、現在、東アジアの 現代美術における社会的実践を理解する上で、欧米の理論を踏まえつつも、同地域の歴史的・地政学的な背景を踏まえた、独自の「ソーシャリー・エンゲージド・アート」論の構築が必要とされている。その試みとして、本研究は、19世紀後半から第二次世界大戦に至る大日本帝國の植民地主義の歴史という文脈から東アジアのソーシャリー・エンゲージド・アートを考察する。

研究の意義
 本研究の意義は、現代美術に関する学問的研究において支配的な欧米中心主義に対する挑戦として見出される。現実には西洋/非西洋という二項対立の学問的枠組みとしての有効性はほとんど失効しているにも関わらず、西洋の研究者も非西洋の研究者自身も、非西洋世界の芸術や文化を議論する上で、しばしば西洋の歴史的文脈や事例研究に基づいて作られた概念や言説を無批判に援用している。そうした現状において、東アジアという非欧米地域の一部における歴史的・地政学的背景を踏まえて、現代美術における新しいトピックであるソーシャリー・エンゲージド・アートを検討する本研究は、欧米を中心に据えた現行の現代美術研究に批判的な学問領域の発展にささやかながら貢献すると自負する。  
 

研究の目的
 本研究では、展覧会カタログを含む幅広い文献調査と同時に、そのような展覧会制度から抜け落ちてしまうような作家や作品にも目を向けるため、美術作家でもある筆者自身のネットワークを活かした現地調査を通じて、大日本帝國の植民地主義から派生する多様な問題に独自の方法でアプローチしているような芸術作品やアートプロジェクトを探求する。また、それらの作品やプロジェクトがどのような文脈の中で生成され、発展されてきたのか、そして反対に、それらが鑑賞者を含む広い意味での「社会」に対してどのような影響を及ぼしてきたのかについても考察を加えていく。   

研究の成果・研究を通して得られた知見
 本研究を通して、1990年代以降の東アジアでは、「従軍慰安婦」問題(嶋田美子「お茶と同情」、1995年)・在日コリアンに対する差別(琴仙姫「獣となりても」、2005年)・日本統治時代の台湾に建設されたハンセン病患者療養施設(陳界仁「残響世界」、2014年)や朝鮮総督府(權慧園「あるポストカードの一生」、2014年)など大日本帝國による植民地支配の歴史とつながりを有する論争的な諸問題やそれに関わりのある場所を明示的な主題とした芸術作品が、社会的な文脈(例えば、1991年の元「慰安婦」らによる日本政府を相手取った東京地裁への提訴)とのダイナミックな相互関係の中で生み出されてきたことがわかった。このことは、「日本(東アジア)の現代美術には社会的・政治的な色彩が希薄である」という美術史・文化研究分野の中で一般的に定着している言説の再考を迫る。同時に、そのような社会・政治的な芸術作品を周縁化し、不可視化してしまうような同研究領域に内在する排他的な制度メカニズムについても批判的検討が加えられるべきであろう。   

今後の課題
 本研究の調査過程で見えてきた、今後の課題を2点挙げたい。1つ目は、「冷戦の歴史を今後どのように本研究の成果に組み入れていくか」ということである。大日本帝國が東アジアに残した植民地主義の遺産は、第二次世界大戦後直ちに形成された米ソ冷戦構造の中で温存され、その植民地支配が生み出した問題の大部分が実質上未解決のままにされてきた一因となった。そのような意味で、東アジアにおける冷戦の歴史を、同地域の植民地主義の歴史と結びつけて考えることは極めて重要なことである。2つ目は、「本研究の視野をどのように東南アジア地域に広げていくか」ということである。大日本帝國の侵攻は東アジアのみならず、現在のインドネシアやシンガポールなど東南アジア地域にも及んだ。それゆえ、現代美術の社会的実践における日本植民地主義の影響という主題を考える上で、東南アジアの現代美術を無視することはできないと考えられる。以上2点の課題は、2018年9月より香港理工大学を拠点に開始される研究プロジェクト「文化と脱帝国主義」において取り組まれることとなる。

 

2018年5月

※2018年10月より:香港理工大学デザイン学部ポストドクトラル・フェロー

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