成果報告
2016年度
現代グローバル法秩序における投資家の慣習法規範形成に与える役割
- 日本学術振興会特別研究員(PD)
- 山下 朋子
研究の動機・意義・目的
本研究は、現代グローバル法秩序における投資家の慣習国際法規範形成に与える役割について、これまで意識的には論じられなかった2つの視座から論理実証的検証を行う。
第一に、条約策定に関与していない投資家に対して国際法はそのまま適用されるのか、あるいは何らかの形で修正されるのかという、国際法主体に関する問題である。例えば国の違法行為についての慣習国際法規則を、投資家対国家の紛争に国家責任法をそのまま適用することには疑問の余地があり、修正が必要であるように思われる。修正が必要であれば、どの程度の修正がなぜ必要になるのか。あるいは、国際紛争処理手続として投資紛争を国家間紛争と擬制することで、当然に伝統的な慣習国際法規則としての国家責任法をそのまま適用すべきなのか。
第二に、慣習法が条約化され、あるいは条約が慣習法化することにより形成された現代グローバル法秩序において、慣習法の果たす役割はいかなるものであるのかという問題である。条約が網の目のように張り巡らされた現代グローバル法秩序において、慣習法は自律的に存在するのか、それとも個別具体的な条約と相互依存関係を形成するのか、あるいはその他の機能を果たしうるのか、そして慣習法の存在意義はどこにあるのか。慣習国際法は投資保護条約の欠缺を埋めるものであるのか、条約法条約31条3項(c)のいう「考慮される」べき「関連規則」に過ぎないのか、あるいは特別法たる投資保護条約に劣後するのか。具体的な紛争処理手続きでは、極めて抽象度の高い規定の解釈適用を迫られる場合や、条約規程そのものがない場合に実践的問題が生じるのである。
研究の主眼は、伝統的には国家間関係のみを規律してきた国際公法秩序の中では、比較的新しい現象が、既存の国際法との関係でどのように整合的に捉えられるかを解明することにある。
研究で得られた知見・研究成果
国際投資法の分野では、投資家本国と投資受入国との間で締結された投資条約を根拠として、投資家が直接に投資受入国を訴える国際投資条約仲裁が1990年代以降に爆発的に増加したが、条約規定の曖昧さや制度の急速な発展に伴い生じた多様な実践的問題に対応するため、20世紀前半までに形成された外交的保護の実行(「私人に対する侵害をその国籍国に対する侵害であるかの如く」扱うことで当該私人の国籍国と、加害国の間で争われる外交交渉ないし裁判の実行)がしばしば参照される。しかしながら、外交的保護という国家間での実行により形成された慣習国際法上の規則が国際投資条約仲裁で参照される際、私人への適用という訴訟当事者の性質の違いがあるにも拘わらず、そのまま適用されるのか、それとも何らかの修正が加えられるのかについて、実行上も学説上も明快な回答をいまだ示せていない。2001年に国連総会が決議でtake noteした国家責任条文(UN Doc. A/56/10)は条約ではないものの、ILCが1949年から2001年の長きに渡り検討を重ねて完成させた国家責任に関する慣習国際法規則の法典化文書であるが、33条2項はそこで国際違法行為に対して生じる賠償義務等の「国際義務」の内容について、「国の国際責任から生ずる権利であって国以外の私人又は実体に直接生じるものを妨げるものではない」と述べている。ここに示唆されるように、国の違法行為についての慣習国際法規則を、投資家対国家の紛争に国家責任法をそのまま適用することには疑問の余地があり、修正が必要であるように思われる。修正が必要であれば、どの程度の修正がなぜ必要になるのか、そしてその修正に投資家はどのような役割を果たすのか。
1年間という限られた期間内に上記の問題の全容を明らかにすることは困難であるので、今回は検討の対象を「国内的救済原則における無益性の抗弁」という論点に絞って研究を進めた。結論を端的に述べれば、投資家という新しい国際法主体が、既存の慣習国際法に与える影響は、(1)投資家が申し立てを行う投資条約仲裁の仲裁廷判断を通じた間接的な役割にとどまるが、(2)既存の慣習国際法を変更しているのではなく、精緻化に貢献している。判断例の蓄積により、当該分野における慣習法規範形成に投資家が影響を与える可能性があると評価することができる。
今後の課題・見通し
上述の通り、本研究の視座に基づいて投資家の慣習国際法形成に果たす役割を明らかにするためには、今回検討した「国内的救済原則における無益性の抗弁」以外の諸論点について包括的に考察を進める必要がある。今後はそれらの論点について検討し、最終的には書籍などにまとめた形で成果を公表していきたい。
2018年5月
※現職:愛知県立大学外国語学部国際関係学科専任講師