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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2016年度

米国の中東への軍事関与の源泉の歴史的分析を通じた米国の大戦略研究

慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程
松田 拓也

 米国の覇権の未来に関する議論は枚挙に暇がない。日本では米国の世界における役割を「世界の警察」と評することもある。しかし、米国が覇権を維持する上で、それを維持するコストを考慮する必要がある。だからこそ、米国の対外的な安全保障上の関与の度合いに関して、米国の学術そして政策の世界で大きな議論となる。米国の対外関与の中で、過去四半世紀でとりわけ国力を消耗したのは中東だ。そもそも米国はなぜ中東にここまで軍事的に関わるようになり、なぜそれはうまくいかないのだろうか。それを探る上で、米国が中東への軍事関与を初めて明示した源泉を検証することが有効なのではないかというのが本研究を始めたきっかけだ。
 本研究は、1983年に創設された中東や中央アジアなどを主な管轄範囲とする米軍の中央軍(CENTCOM)創設へとつながる米国におけるペルシャ湾への軍事展開能力構築に至る過程を描き出す。最近の邦語先行研究では、小野沢透先生の『幻の同盟』が示すように、米国は戦後しばらくは英国の中東での軍事プレゼンスに依存しながら直接的な軍事関与は避けてきた。米国は、英国のスエズ以東撤退後も当時の同盟国イランに域内安全保障は任せていた。1979年のイラン革命とソ連のアフガニスタン侵攻を機に、カーター政権下で、米国のペルシャ湾岸地域への軍事展開能力の構築が急がれた。
 一方、本研究は、米国の中東政策や安全保障上の対外関与等を学術的に理解する上で興味深いだけではなく、現代の大国間関係への政策的意義も大きい。本研究が扱う1970年代後半から1980年代前半にかけては、米国が対ソ連の競合戦略(competitve strategy)を導入し始める時期だ。このような通常戦力を中心とした対ソ競合戦略は、米国の中東における軍事展開能力構築にも大きな影響を与えた。そもそも、当時の政策担当者もゲリラ戦や内戦等の方がより想定されうる有事であると認識していた。換言すれば、米国の当時の中東政策もまた、対ソ連の封じ込め政策と、域内の反乱(insurgency)などの内的な脅威の双方を認識し、後者の方が起こりうる可能性の高い有事として考えられた。これは、1979年以前米国の中東での安全保障政策の要であった米_イラン同盟が対ソ抑止力という外的脅威を意識したと同時に、大陸同盟という性格上イラン内政の安定化そしてイランの国としての統一性維持を重視したことからも伺える。
 しかし、ベトナム戦争以降の厭戦気分も相まって、米軍内ではゲリラ戦を強く忌避する傾向が生まれ、通常戦力を基本とした戦略思考へ変化して行く。このように当時、米国が中東における軍事関与を検討した際、対ソの大国間関係への意識が相当な影響を与え、その結果として実地の戦略環境と手段としての軍事展開能力の不一致が、戦略的な失敗を生み出す原因となった。当時の戦略思想やベトナム戦争以降の対ゲリラ戦を忌避する傾向から、自らの戦いたい方法で戦おうという意識が大きくここで作用したのだ。目的と手段を結ぶのが戦略であり、目的を果たすのに十分な手段を投じないと戦略が失敗するというのはあまりにも当たり前な事柄だ。しかし、様々な要素が複雑に絡み合う中で、戦いたい手段で戦おうとして戦略的失敗を引き起こすケースは現実の米国の国防政策で案外多い。本研究が扱った米国の中東での軍事展開能力構築こそが、1991年の湾岸戦争のみならず、2000年代以降のアフガニスタンとイラクでの戦争を遂行する上での基盤となった。言い換えれば、当時から存在した目的と手段の齟齬は、米国の2000年代の中東における戦略的失敗にも色濃く反映されている。
 本研究が扱った時期も対ソ競合戦略が採られた時期だが、米国の最新の国防戦略で大国間関係がより一層強調される中で、当時と現在とでは大変似通った状況にある。本研究が扱った米国の中東における軍事展開能力構築時に内包された問題点や課題がそのまま、現在の米国のインド太平洋政策にも垣間みられるのだ。現在、いかに米国が中国やロシアに対して軍事的優位性を維持するかに議論の焦点が集まっている。しかし、現状を概観した時に、米国のインド太平洋地域での安全保障上の関与が十分にあり、軍事的優位性も現状では維持しているにも関わらず、南シナ海で中国による現状変更を許してしまった事実がある。言い換えれば、米国の戦略が実際の戦略環境と適合していないと言うことが出来る。大国間の競合戦略では軍事技術などの優位性がとりわけ強調される。しかし、それへの過信の危険性を本研究の事例が示していると言うことが出来る。
 今後は、2018年4月の米国国際関係学会(ISA)の年次大会で、本研究を発表する予定だ。助成期間後の活動となるが、この学会報告で頂いたコメントなどを元に加筆修正などを進め、さらに関連する史料収集を十分に行ないながら、国際安全保障系の英文ジャーナルに載せることを目指して研究を進めて行きたいと考えている。また、本研究から浮かび上がった多くの学術的そして政策的意義に関してもさらに追究を進めたい。

 

2018年5月

※現職:ロンドン大学キングスカレッジ戦争学部 博士課程

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