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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2016年度

ヒトの音楽性の発達的起源に関する研究

慶應義塾大学環境情報学部専任講師
藤井 進也

 人類は、音楽を聴いて歌い踊るという行為を、紀元前35,000年以上前から文化・人種・国境を越えて普遍的におこなってきた(Cornaed et al., Nature, 2009)。生物学者チャールズ・ダーウィンは、1871年の著書「The Descent of Man(人類の由来)」の中で、「(音楽は)人類が授かった特質の中で、最も謎めいた行為の一つとして位置付けざるを得ない」と述べた。驚くべきことに、ダーウィンの著書から147年が経過した現在においても尚、ヒトの音楽性の起源は謎のベールに包まれたままである。本研究は、この謎のベールに包まれたヒトの音楽性の起源を、発達の観点から解き明かすことにチャレンジしたい、という動機に基づいて実施した。
 ヒトの脳と身体は、受精から、胎児期、乳児期、幼児期を経て、成人に至るまで、発達を続けている。この脳と身体が発達するプロセスで、我々ヒトはいつからか音楽に合わせて歌い踊り、音楽を楽しむようになる。しかし、発達段階のいつから、ヒトという生物に音楽性が芽生えるのか、十分に解明されていない(Fujii et al., PLoS ONE , 2014)。そこで本研究の目的は、音楽を聴取する乳児の身体運動をモーションキャプチャーシステムによって計測し、バイオメカニクスで用いられる動作解析の手法を用いて分析することで、ヒトの音楽性の発達的起源に迫ることであった。ヒトの音楽性の発達的起源を明らかにすることは、我々人類がどこから来てどこへ向かうのか、ヒトという種の起源や進化の謎、音楽の起源を解くための重要な手がかりになり、研究意義がある。
 本研究では、乳児が聴取する音楽として、プロドラマーとベーシストが即興演奏しながらコミュニケーションしている際の録音ファイルを用いた。ベッドに仰臥位になった生後3~4ヵ月の乳児の頭部上にスピーカーを配置して音楽を再生し、音楽聴取中の乳児の四肢運動をモーションキャプチャーシステムによって記録した。データ解析として、まず音の特徴量分析を行い、音楽のテンポ、パルス強度、音量、音数、スペクトル分布、スペクトル中心、音の明るさの時系列変化を抽出した。モーションキャプチャーデータについては、乳児の四肢(右手・左手・右足・左足)の運動量(速度二乗和)の時系列変化を抽出した。その後、音楽の特徴量と乳児の運動量の時系列相関を算出し、音楽の特徴量変化と乳児の運動量変化の関係性について分析した。合計71名の乳児の運動データを分析した結果、多様な個性を観測することができ、中でも特徴的な3種類の運動パターンを観測することができた(図1)。

図図1. 音楽の特徴量と赤ちゃんの四肢の運動量の時系列パターン典型例.

 1つ目は、「パフォーマー型」の運動パターンであり、音楽の音量が大きくなり音数が増えると、それに合わせて運動量を増大させる乳児がいた。2つ目は「マイペース型」の運動パターンであり、音楽の音量や音数と関係なしにマイペースに運動量を変化させる乳児がいた。3つ目は「リスナー型」の運動パターンであり、音楽の音量が大きくなり音数が増えると運動量を減少させて音に聴き入り、逆に音楽の音量が小さくなり音数が減ると運動量を増大させて曲の盛り上がりを求めるような反応を示す乳児がいた。

 本研究の結果から、音楽を聴取する生後3~4ヵ月の乳児の運動パターンは多様な個性に溢れ、中には曲の音量や音数といった音の特徴量の時間変化に応じて運動量を時間変化させる乳児の様子が観測された。今後、データ解析を更に進めると共に、乳児の身体運動を音に変換し可聴化するインタラクティブな環境で、乳児がどのような反応を示すのかについても研究を続ける予定である。本チャレンジ研究で得られた経験を活かし、人類の音楽性の起源について、心躍らせながら引き続き研究を進めたい。

 

2018年5月

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