成果報告
2016年度
古代マヤ文明周縁域の広域考古人骨研究
- デル・バジェ・デ・グアテマラ大学考古学人類学研究センター研究員
- 鈴木 真太郎
古代マヤ文明圏概略図 鈴木作成研究の背景:生物考古学(Bioarchaeology)
かつての考古学では古人骨が傍流の遺物のように扱われることが多く、その真価が考古研究の課題理解に直接活かされることは稀であった。この状況を憂い、人骨研究と考古研究の融合と積極的な協働を促すべく1970年代に米国で提唱された論理的枠組みが生物考古学である。生物考古学では古人骨を自然人類学や生命科学の知識を用いて学際的に鑑定し、その所見の全てを発掘コンテクスト内で細密に議論することで、古代人それぞれの「人生」を復元する。そこから死亡時年齢や性別、体格、病歴、ライフスタイル、民族性、移民歴、食糧事情などを共時的な集団内で検証することで、彼らが生きた「社会」を理解し、同様に通時的な集団間での対比によって、変動していく「時代」の流れを解明するのである。比較的若い研究領域ではあるが、世界各地の考古学で様々な成果をあげており、本研究もこの生物考古学を論理的な出発点としている。
研究の背景:「謎」の古代マヤ文明
今日メキシコ以南の中央アメリカと呼ばれる地域には、かつて古代マヤ文明が栄えていた。日本でも少なからず馴染みのある「謎の古代文明」である。しかし、21世紀の今日、もちろん古代マヤ文明ももはや「謎の古代文明」ではない。考古学を中心とした多くの研究が進み、「謎」の多くは少しずつ科学的知見へと変貌を遂げている。だが発展を続けるマヤ考古学にも問題がない訳ではない。文明中心地(ペテン地方)における最盛期(古典期:200〜900年頃)の研究に、課題が集中してしまっているのである。文明周縁域(特に南西部、南海岸地方)の黎明期(先古典期:紀元前1000年〜紀元前後)には、事実、まだ多くの謎が残されており、その解釈に関しては、現地グアテマラの考古学界でも実に多様な意見が対立している。
研究の目的
古代文明の担い手である市井の「人々」、その現し身である考古人骨を具に研究することで、古代マヤ文明周縁域における黎明期の実態を解明する。
研究の成果:予備報告と予備考察
グアテマラ共和国、エスクイントラ県(Escuintla)、シンカベサス(Sin Cabezas)遺跡出土の約100体分の考古人骨を鑑定し、以下のような所見を得た。なお、この集団は共伴土器の様式と1980年代に行われた簡易放射性炭素年代測定に基づき、概ね紀元前150年頃の集団と推定されている。
シンカベサス考古人骨群概要。女性・男性を共に検出し、死亡時年齢の分布も一般的な抗生物質以前の定住社会のものと概ね一致した。そのため、この考古人骨群を「古代の街に暮らした市井の人々の現し身」として捉えることが可能となった。
基礎糧食文化。高いう蝕罹患率並びに遅い大臼歯の損耗パターンを記録した。これは高い調理技術で十分に下処理・加熱された炭水化物を中心とした糧食文化でよく見られる特徴であり、後世の古典期マヤ文明で一般的に知られているパターンと合致するものである。
ライフスタイル。非常に負荷の高い生活の様子を見て取ることができた。まず多くの骨疾病の所見である。特徴的なものとして、複数の乳幼児に慢性的な内出血に起因する全身性の骨膜症(Periostosis)が認められ、壊血病(慢性的なビタミン不足)が疑われた。
また成人男性を中心に「白兵戦闘」の跡を複数確認した。左前腕や左側頭骨、左腸骨翼等の外傷骨折である。これらは大部分がすでに完治しており、彼らが住居遺構内に埋葬されている点を鑑みても、戦闘から傷を負いながらも生還した可能性が考えられる。同様に彼らの長骨筋付着部が、他の個体と比較し特に発達している事を考えると、白兵戦闘が常態的に存在し、彼らが日常的にそれに関わっていた可能性も考えられる。
文化的肉体変工。古代マヤ世界において「民族性」と深い関わりがあるとされる頭蓋変形で、強い多様性が認められた。また「マヤ文明圏には存在しない」とされてきた「環状式(Annular type)」の頭蓋変形を初めて記録したのも特筆に値する。メキシコ太平洋岸から中央アメリカへ至る「天然の回廊としての南海岸地方」を考慮した場合、活発な移民流動・長距離交易が存在した可能性は高く、多くの「民族性・多様性」が行き交う中で、古代マヤ文明の根幹の一端が醸造されていったのかもしれない。
環状式の頭蓋変形を伴う埋葬5。鈴木撮影
今後の見通し
上記の所見・考察を深めるため、同位体分析が進行中である。ストロンチウムと酸素の複合による移民動態の復元や、炭素/窒素による基礎糧食の復元、先進の放射性炭素分析による各埋葬の時系列精緻化が行われている。また2019年以降は、調査対象となる考古人骨群も南西周縁域(南海岸地方)から、北部周縁域(北ユカタン沿岸地方)、西部(チアパス州、パレンケ遺跡)、さらに中枢部ペテン地方(グアテマラ、ティカル遺跡)へと順次拡大していく予定である。
2018年5月
※現職:グアテマラ、デルバジェ大学考古学人類学研究センター准教授、主任研究員