成果報告
2016年度
水資源をめぐる国際的攻防に関する考察―香港資本による北海道での水源地買収を事例に―
- 東京大学教養学部特任准教授
- 菊池 真純
動機
近年、日本各地で海外資本による水源林地購入がみられ、その数は増加する一方である。その背景には、地方の過疎化、少子高齢化、林業の衰退といった日本の社会問題が大きく反映されている。本研究が着目する水源林地は、単なる不動産に止まらず、木材資源・水資源といった自然資源を含む代替不可能な公共財としての価値がある。また水資源は世界で今後益々貴重な資源となりうる。
目的
本研究最大の目的は、日本国内の多くの水源林地の維持管理が困難な状況になってきているなか、いかにしてそれを保全・維持することができるのか、またそのためには何が必要かを考察することである。また水資源の危機が訪れると考えられる今後の水をめぐる国際社会の動きを考察する。
問題意識
多くの外国資本の水源林地購入の動きを受け、日本側の対応では外国資本の排除にのみ焦点が集まり一連の法整備が進んできたが、それが本当に日本の水源林地を保全・維持することにつながるのか、という疑問がある。今日の国際化社会に見合った様々なアクターを活用した保全方法が求められると考えられる。同時に、今後懸念される世界的水資源危機に対して、水資源の豊富な国・日本を取り巻く国内外の社会情勢を含め総合的に現状の把握と今後の課題、見通しを考察する必要がある。
研究成果や研究で得られた知見
1点目に、日本の不動産を専門に取り扱う香港の不動産業者へのインタビューから、日本での水源林地購入をした企業や個人の約6割は中国大陸のバイヤーであり、残り4割が香港のバイヤーであることがわかった。また企業などの法人が9割を占め、1割が個人という回答があった。現状では北海道での水資源の採取と販売を行う香港資本は存在していないが、すでに本州では水ビジネスのための中国企業の水源林地購買計画がみられ、今後、彼らがビジネスチャンスとして水資源の採取を行う可能性は十分にある。
2点目に、ニセコ町で水源林地を香港資本に売却した元所有者に対するインタビューを行った結果、2015年に水源林地を売却した際の価格は一坪120円であったという回答が得られた。高齢のため、土地の管理もできないため売却をしたという。
3点目に、海外資本の日本国内の土地購入増加を国の安全保障を考えるならば法の強制力を強化すべきである。現在の法整備では、水資源を中心に強制力が弱く、本来の目的である外国資本による購入防止が実現されていないのが現状である。国の安全保障という論点から見た場合、これは水源林地限定の問題ではなく、様々な用途・性格を持つ土地を全て含めた法整備が必要であるといえる。
4点目に、国際化の進む今日の社会また日本国内で公共財の維持体制が不十分ではない現状、さらにはすでに海外資本が多くの水源林地を購入している北海道の現状を踏まえて、外国資本を取り込み、活用をした自国の公共財保全方法の模索が現実に即した方策ではないかと考えられる。具体的には、国籍を問わず、水源林地の所有者には一律に土地利用方法に規制をかけ、水源林地の管理・保全を厳しく義務付ける必要があると考えられる。
今後の課題・見通し
今後も日本国内での海外資本からの水源林地購入は進むと考えられる。そこで、国内の水資源保全・維持のためには水資源が土地の所有に付属するものという現状を変える必要があると考えられる。早急に求められる案として、その土地の所有者であっても水源林地では地上水、地下水共にその採取・販売に対する規制が必要である。特に、地下水の権利に関する法整備はまだ日本には存在していないので、地下水の権利に関する研究を今後深めていきたい。また今後、水利権を土地とは切り離し、高い価値のある財産権としての確立を目指すことが望まれると考えられる。それ以外に、水源林地という公共財の不動産価格が極端に低いことも一つの大きな問題である。公共財が市場経済の中で価値を認められないのであれば、地方自治体や国によってその補償制度や維持・保全のための所有者への直接支払いを検討することも必要である。こうした国内の研究を行うと同時に、本研究が行ってきたように香港、中国大陸を中心とした国際的な水資源に関する動きを把握し、調査・研究を継続していきたい。
2018年5月