成果報告
2016年度
戦後日本農政の構造と変容:農業協同組合を中心として
- 東京大学大学院法学政治学研究科博士課程
- 川口 航史
研究の動機・目的・意義
戦後の日本農業は一貫して経済的なシェアを低下させ続けており、GDPに占める割合や農業者人口は減少し続けてきた。その一方、日本農業は手厚い保護を受けており、農業者収入に占める政府からの補助の割合や、政府の対農業支出の割合は、OECD諸国の中でも比較的高い。なぜ日本の農業者は農業保護を獲得・維持することができているのだろうか。
本研究は、この問いに答えるべく、日本を代表する農業者団体である農業協同組合(農協)に注目した。農協は、戦後日本政治の様々な局面において、その政治的影響力を発揮してきた。本研究では、なぜ農協が政治的影響力を発揮して農業保護を獲得することができたのかを、農協の政治家との関係性と、その組織維持に注目して明らかにすることを目的とした。
本研究は、大きく2つの方向でこれまでの研究に貢献することを試みた。第一に、農協の政治家との関係性を分析することで、先行研究が前提とした農協と与党との一体性への、新しい視点の提供を目指した。これまで農協と自民党との関係性は、農政トライアングルという言葉に代表されるように、利害が一致した典型的なコーポラティズムと考えられてきた。本研究では、当時の資料に基づき、その見方は一面にすぎないことを、農協と野党との関係性の分析から明らかにしようと試みた。第二に、先行研究では農協の選挙での動員力に注目が集まっていたが、本研究ではその前提となるその組織力の起源について解明することを試みた。
研究成果および研究で得られた知見
第一に、農協の政治家との関係性について、農協発行の農協職員向けの雑誌である『農業協同組合』などの1950年代の記事を渉猟し、寄稿者やその内容を分析した。その結果、社会党の政治家や、社会党系の農業団体である農民組合の人物からの寄稿が数多くあり、農協の体質改善を求めつつ、農協を解体し新農業団体を作る動きには反対していたことが判明した。これにより、農協が自民党だけではなく、社会党系の政治アクターとの関係を保ち、農業者の自民党以外への支援や投票の可能性がある程度現実味を持っていたこと、そして政治家側から農業保護の獲得・維持を引き出す上で効果を持っていたことが明らかになった。このような戦略の特徴は、政権党と一体化しようとした他国の農業団体と比較した際、より顕著になった。以上の内容を、2018年1月にアメリカ合衆国ニューオーリンズで行われたSouthern Political Science Association(アメリカ南部政治学会)にて、“When the Poor Win a Political Debate: The Maintenance of Farmers’ Organizations in Japan” とのタイトルで報告した。また、政策実現を訴える際、構成員の間で共通の目標が立てやすい分野に注力し、交渉力を高めていたことも判明した。農協は1960年代以降米価政策に運動を集中させていくが、この戦略によって、地域ごとの農業様式の差異に基づく多様な利益関心を統一し、運動をまとめやすくし、職員の間でも、このような利点が意識されていたことが分かった。
第二に、農協発行の組合員を含む一般読者向けの雑誌である『家の光』や、その年史である『家の光60年』などの書籍を中心に、農協がどのようにして組合員への浸透を図ったのかを分析した。『家の光』の部数は、終戦直後に急激な落ち込みを見せるものの、1950年代に回復を見せていた。その頃の普及戦略を分析すると、(1)農村家庭内の女性の地位向上のための運動を行っていたこと、(2)農業の多様化に対応するために、地域ごとに異なった内容の雑誌を発行していたこと、の2点が特徴として明らかになった。また、この時期の組合員の農協に対する意識調査によれば、組合員による農協への評価や組合活動への参加は、どちらも比較的高く、農村社会に浸透するという農協の目的は、ある程度達成されていたのではないかという示唆が得られた。以上の内容を、2018年4月にアメリカ合衆国シカゴで行われた Midwest Political Science Association(アメリカ中西部政治学会)において、 “Getting Attractive as an Information Provider: The Case of a Farmers’ Organization in Postwar Japan” とのタイトルで報告した。
今後の課題・見通し
本研究では主に1950~60年代の農協について分析を行い、戦後日本の農業者が、戦時遺産である農協組織を活用して利益実現を図る過程を明らかにした。一方で、戦時中の組織が戦後どのようにして継承されたのかについては、分析ができていないので、今後はその点について分析を進めることで、国家のための戦時動員に起因する農協組織が、なぜ戦後には農業者の利益表出のための手段として使われうるようになったのかを明らかにしたい。
2018年5月
現職:東京大学大学院法学政治学研究科 特任研究員