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研究助成

成果報告

若手研究者のためのチャレンジ研究助成

2016年度

消費者のインフレ予想に関する行動経済学的分析

大阪大学大学院経済学研究科博士後期課程
明坂 弥香

研究の動機
 多くの経済学における理論研究では、家計が高インフレ率を予想すると、消費インセンティブが高まると考えられており、景気刺激政策のひとつとして、家計のインフレ予想を刺激する政策が示唆されている。しかし、日銀による断続的な金利の引き下げ(ゼロ金利政策、マイナス金利政策)にも関わらず、バブル崩壊以降、日本の消費は低迷が続いている。理論研究の示唆に対し、政策が有効ではない原因は明らかでない。

研究の目的・意義
 目的は、家計を対象としたマイクロデータを用いて、家計のインフレ予想の形成および、インフレ予想と消費行動との関係を明らかにすることである。リーマンショック以降、アメリカを中心に、マイクロデータを用いたマクロ経済に関する研究が活発に行われている(Coibion, Gorodnichenko and Kamdar 2017等)。アメリカと日本とでは、直面する状況が大きく異なるにも関わらず、日本のデータを使った研究は、Ichiue and Nishiguchi (2014)等に限られている。
 当プロジェクトでは、報告者が所属する大阪大学社会経済研究所が日本を対象に収集した『くらしの好みと満足度についてのアンケート(以下、社研パネルとする)』を用いる。このアンケートは、同一個人に対して継続的に複数回質問を行う、パネルデータ構造を持つ。インフレ予想を扱った先行研究のほとんどは、複数回調査を実施し、調査の度にサンプルの抽出を行った、リピーテッド・クロスセクションデータをもとに分析を行っている。リピーテッド・クロスセクションデータでは、同一個人において、インフレ予想がどのように変動しているのかが分からず、インフレ予想が消費計画に与える影響は推定できても、それが実際の消費に結びついたのかは分からない。先行研究において、インフレ予想における個人間の異質性が指摘されている他、行動経済学的な観点では、個人特性の影響で消費計画と実際の消費は一致しない可能性があるため、パネルデータを用いた分析が重要である。  
 

研究の内容・得られた知見
 この研究課題は、大きく分けて以下の二つの研究として進めている。   

研究1.インフレ予想の形成メカニズムについての研究
 伝統的な経済学では、人々は利用しうる限りの情報を有効に使って、合理的に将来を予想すると考えられている。だが実際には、人々の期待形成と完全合理性には乖離があり、個人属性によっても差があることが指摘されている。   
 本研究では、2017年のアンケート調査にて、物価上昇率を予想する際、「これまでの日本銀行・政府の政策、今後の日本銀行・政府の政策の見通し、これまでの賃金動向、今後の賃金の見通し、これまでの物価の動き」という、ニュースや日常生活で得た情報をどの程度重視したか4段階で回答させる質問を実施した。
 調査の集計結果から、これまでの物価の動きをもとに将来のインフレ予想を立てている人の割合が高いことが分かった。また、このような人々はインフレ予想を高く見積もる傾向があった。

研究2.インフレ予想と消費行動との関係についての研究
 消費者が、自分の立てたインフレ予想と合理的な消費行動を取っているのか、2004年から2013年に実施された社研パネルの調査結果を用いて分析する。この期間には、ゼロ金利政策の解除(2006年)やリーマンショックとそれに伴うゼロ金利政策の再実施(2008年)が含まれている。   
 アンケートから得られた、インフレ予想、消費の予定、実際の消費の変動を図に示した。実際の消費の情報は、翌年の調査から得られるため、2012年までしか分からない。インフレ予想と消費予定は相関のある動き方をしているが、消費予定と実際の消費には統計的に有意な相関が見られなかった。

図

 

今後の課題・見通し
 この研究課題は、報告者にとって新領域であったため、2017年度は主に文献研究とデータを構築し、予備的な分析をするに留まった。2018年度には、研究1ではパネルデータの情報を活用し、個人の金融知識とインフレ予想の変動の関係を明らかにする。研究2では、インフレ予想と実際の消費の関係を消費の種類別に捉える他、消費以外の貯蓄・投資への関係を見る。また、消費予定と実際の消費が一致しない理由について、インフレ期待形成の誤りが原因か、セルフ・コントロールの問題が原因なのかを検討したい。
 いずれの研究も2018年度中の査読付き国際学術誌への投稿を目指して研究を進めている。  
 

参考文献
Coibion, O., Gorodnichenko, Y., & Kamdar, R. (2017). The Formation of Expectations, Inflation and the Phillips Curve (No. w23304). National Bureau of Economic Research. Ichiue, H., & Nishiguchi, S. (2015). Inflation expectations and consumer spending at the zero bound: Micro evidence. Economic Inquiry, 53(2), 1086-1107.

 

2018年5月

※現職:大阪大学社会経済研究所 特任研究員

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