成果報告
2016年度
再生可能エネルギーによる「エネルギー自治」の人文社会科学的解明、知見の国際的移転、そして理論と実践の相互作用による人的ネットワーク形成
- 京都大学大学院経済学研究科 教授
- 諸富 徹
福島第一原発事故後、エネルギーがきわめて優先順位の高い政策課題となった。とくに、再生可能エネルギー(以下、「再エネ」と略す)は、その賦存が本質的に分散型であるために、あらゆる地域にとって新しいチャンスをもたらす。地域で発電事業に取り組み、固定価格買取制度の下で売電収益を稼ぐというシナリオを描くことも可能となった。しかし、そうした事業を域外の大手企業に委ねる地域と、住民や地元企業が自ら取り組む場合とで、再エネ事業が地域にもたらす影響は大きく異なってくる。
本研究は、「エネルギー自治」をキーワードとして、再エネ事業から生まれる利益を域外に流出させることなく地域に取り込むにはどうすればよいかという問題に取り組んだ。その有力な方策の1つは、「自治体エネルギー公益的事業体(地域新電力)」を創設し、地域の再エネ事業の中核に据えることである。
そこで本研究では、ドイツのシュタットベルケを参照基準としつつ、最近、日本で相次ぐ自治体エネルギー公益的事業体の創設に焦点を当てて調査を行い、他方で、経済産業省、自治体の政策担当者、再生可能エネルギー発電事業者、そして研究者を招聘してのワークショップを2度にわたって開催、「自治体エネルギー公益的事業体」の意義と展望を明らかにすることを目指した。調査対象となったのは、地域再エネ事業における日本の先進地域である北海道下川町、長野県飯田市、岡山県西粟倉村、岡山県真庭市である。
本研究より、日本でも2012年の再エネ固定価格買取制度の導入以来、エネルギー分野で自治体による公益的事業体創設の動きが活発になり、すでに約30もの地域新電力が創設されており、なお数十の構想があることが分かってきた。ただ、ドイツのように、自治体が100%出資する公社の形態をとるものは少なく、多くても50%を若干上回る第3セクターとして設立されるものがほとんどである。今後、こうした公益的事業体がエネルギー事業を成功させ、地域再生にどの程度寄与できるか、大いに注目する必要がある。
ドイツでは、エネルギー事業は都市公社(「シュタットベルケ」)の中核事業として、自治体が手がけている点に、日本と大きな違いがある。彼らは、電気・ガス・熱といったエネルギー事業を展開し、経営的にもたいていは黒字を維持している。ドイツから学ぶべきは、エネルギー分野で収益をあげうる公益的事業体を確立し、そこから生み出される安定的な収益を用いて、地域経済と市民生活の向上のために再投資を行うという事業モデルを確立している点にある。
ドイツのシュタットベルケのこうした歩みは、日本の自治体にとってきわめて大きな示唆をもたらす。我々は、公益事業体を中心に再エネ事業を立ち上げることで、地域で所得、雇用、そして税収を増加させることが可能なことを、「地域付加価値分析モデル」を用いて定量的に明らかにした。今後、税収増は期待できず、ますます高齢化が進行する日本において、地域の実質所得と雇用を増やし、税収以外の財源を獲得できる数少ない手段として、エネルギー分野における公益的事業体の創設は、真剣に検討されるべき選択肢である。
なお、本研究の成果については、すでに2015年度研究を、『経済論叢』第190巻第4号(2017年1月)の「再生可能エネルギーとシュタットベルケ」特集として発表したが、2016年度研究の成果については、2018年に日本評論社より研究書として出版することで準備を進めている。
2017年9月