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研究助成

成果報告

人文科学、社会科学に関する学際的グループ研究助成

2016年度

感情の哲学の学際化に向けた国際的研究体制の構築:社会的・集団的な自己意識的感情を事例として

広島大学大学院総合科学研究科 准教授
宮園 健吾

目的:恥や誇りのような感情は、基本的に自分自身に対して向けられる感情であり、その意味で「自己意識的な感情」と呼ばれる。自己意識的な感情は人間に特有のものであり、この感情を考慮せずに私たちの情動的な生活を理解することは難しい。注目すべきは、我々は自分自身のみならず、自分と関係している他人に対しても恥(例:身内の失敗)や誇り(例:母校の甲子園出場)を感じるという事実であり、これらは「社会的・集団的な自己意識的感情」と呼ぶことができる。社会的・集団的な自己意識的感情は、一方で、自己意識的感情の一種であり、それゆえ自分自身に向けられているが、他方で、身内や母校など、自分ではない他人に対しても向けられているという一見パラドキシカルな性質を持っており、この性質をどのように整合的に説明するかが重要な課題となっている。社会的・集団的な自己意識的感情についての研究には、哲学のみならず、心理学、社会学、精神医学などの知見が不可欠であり、それらの分野間の学際的な交流の体制を整えることが必須であることから、本研究は、社会的・集団的な自己意識的感情を事例として、感情についての学際的かつ国際的な研究チームを形成し、そこでの研究成果を国際学術誌にて出版することを目指す。

活動と成果:本研究プロジェクト期間中、中心メンバー(宮園、植村、Salice、Montes Sánchez)を中心に計12回のミーティング(うち、Skypeミーティング10回)を行い、その中で、共著論文の計画、国際ワークショップの準備、今後の活動予定などについて繰り返しディスカッションを行った。加えて、2度の国際ワークショップ(コーク、東京)において、中心メンバーは共著論文について、他のメンバー(陶久、森岡、榊原、石原、Reddy、von Scheve、Salmela)はそれぞれの専門分野における研究状況について、それぞれ報告を行い、活発なディスカッションが交わされた。これらの活動を通じて、以下の4つの共著論文の執筆を継続してきた(現在、いずれも準備中あるいは投稿中)。

1. Salice & 植村 “On being motivated. Pfänder, Geiger and Stein” (submitted)

2. Salice & 植村 “The phenomenology of social experiences: Walther on social acts”

3. Salice & 宮園 “Being one of us: Group identification and collective intentionality”

4. Montes Sánchez & Salice “Towards a phenomenology of envy”

以上の論文では、本プロジェクトの出発点となっている、Salice & Montes Sánchez (2015) ‘Pride, Shame, and Group Identification’による社会的・集団的な自己意識的感情の哲学的な分析を、より一般化し、妬みなどの多様な感情の分析に応用する研究(4)、Salice & Montes Sánchez (2015)の核心に位置する「グループ・アイデンティティ(group identity)」の概念を、哲学者Ruth Millikanによるpushmi-pullyurepresentationというアイディアを用いつつ理論的に分析する研究(3)、加えて、情動や行為が持つ社会性、集団性についての初期の現象学者による貢献の意義を明らかにする研究(1,2)などを行っている。

今後の課題:社会的・集団的な自己意識的感情という特定のトピックに焦点を絞ることで、1年間という期間の間に非常に生産的な研究活動を行うことができた。他方で、このトピックから出発しつつ、どのようにしてより一般性の高い、より大きな学術的意義のある研究へと発展させていくことができるかが今後の最大の課題である。課題解決へ向けての取り組みの一つとして、論文の(3)での研究成果をより一般化し、pushmi-pullyurepresentaitonによって、人間の様々な社会的、道徳的な判断や行為を説明するための研究プロジェクトを計画している。

2017年8月


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