成果報告
2016年度
戦争と人間の本性に関する進化考古学的研究
- 岡山大学大学院社会文化科学研究科 教授
- 松本 直子
1.研究目的
近年、先史時代の人骨データに基づき、「戦争(集団間の暴力的対立)は人類の本性に深く根ざしている」とする研究が海外でなされているが、申請者らは縄文時代の受傷人骨をデータとしてその反証となる論文を発表した(Nakao et al. 2016)。本研究の目的は、それを発展させ、縄文時代から古墳時代までの長期にわたる人骨データから暴力による死亡率とその内容を解析し、戦争の促進/抑制に関わる要因を具体的に解明することである。歴史の理解を深めるとともに、ヒトの本性に関する普遍的議論にも大きく貢献することをめざすものである。
2.研究成果の概要
Keeley(1996)、Bowles(2009)、Pinker(2011)らが先史時代および現生の狩猟採集民において戦争による受傷率が12~15%であるとして、人類史の初期から戦争が高い頻度で行われていたことを示唆しているが、これまでに報告されている日本列島の1万年にわたる縄文人骨データ(総数2576件)における受傷率は0.89%、成人のみをデータとしても(1269件)1.81%にとどまる。
弥生時代についても報告されている人骨データ(総数3298件)を網羅的に調査したところ、受傷率は3.03%、成人のみ(2395件)では4.01%であった。この数値は縄文時代より有意に高く、農耕の開始により戦争が発生したとする説と整合的である。
しかし、ヨーロッパにおける狩猟採集段階である中石器時代の人骨データ(総数2055件)における受傷率を調べたところ3.89%であり、農耕社会である弥生時代よりわずかに高いことが分かった。したがって、農耕社会がすべからく狩猟採集社会よりも暴力による受傷率が高いということはできない。
これまで海外の研究者が利用してこなかった日本列島出土のまとまった人骨資料から、戦争は人間の本性であり頻繁な戦争によって偏狭な利他性が進化したとする説に対する有力な反証を示すことができた。また、ヨーロッパ中石器時代と弥生時代の比較から、農耕の導入のみによって戦争頻度の上昇を説明することもできないことも示された。戦争の要因を具体的に検討するため、現在人口密度と受傷率の関係についての分析を進めている。さらに、受傷状況のより詳細な検討も、暴力の性質を明らかにする上で重要であり、今後検討を進めていく予定である。
3.研究成果の公表
松本直子「日本先史時代の暴力と戦争―遺跡から学ぶ戦争の起因―」北海道新聞2016年10月17日文化面掲載(寄稿)
松本直子「戦争は人間の本性か―縄文時代からみえてくること―」(招待講演)2016年10月22日、平成28年度地域づくり団体活動支援事業 さっぽろ縄文探検隊3周年記念講演会、於北海道大学
Nakao H.et al. Violence in the prehistoric periods of Japan: the spatiotemporal pattern of skeletal evidence for violence in the Jomon and Yayoi period. 人間行動進化学会第9回大会ポスター発表(2016年12月10-11日)
Tomoni Nakagawa, Hisashi Nakao, Kohei Tamura, Yui Arimatsu, Naoko Matsumoto and Takehiko Matsugi 2017年4月 Violence and warfare in prehistoric Japan. Letters on Evolutionary Behavioral Science Vol.8 No.1, 8-11.
松本直子「人類史における戦争の位置づけ」2017年6月『現代思想』2017年6月号、162-174頁 青土社
2017年8月