成果報告
2016年度
日本の酒類の多様化とグローバル化に関する実証研究 フェーズⅡ
-輸入側・エンドユーザーの分析-
- 一橋大学経済研究所 教授
- 都留 康
本研究の目的は,日本産酒類の輸出と海外での消費に関わる,メーカーの海外統括部門,現地法人,商社,トレーダー,流通業者,大口需要家(レストランなど)の深い聞き取り調査を通じて,日本産酒類の海外での消費の現状と問題点を明らかにすることにある.なお,本格焼酎とワインも輸出が徐々に増加しつつあるが,相対的に数量が少ないため,以下では,①清酒,②ビール,③ウイスキーに焦点を絞る.詳細は,今後執筆予定の研究論文に譲るが,現地調査の主な発見事実のみを要約すると以下のようになる.
1.清酒のグローバル化
高級清酒を中心とした輸出は好調である.もっとも高級清酒は,内需の方が好調で,輸出よりも内需の増加分のほうが,はるかに大きい.日本製品は,国内消費者が鍛えて世界に飛躍するパターンが多いが,これは清酒にも当てはまる.海外の消費者は日本の流行雑誌やSNSをみて銘柄を選択している.
清酒輸出は,潜在的に非常に可能性が大きい.逆説的だが,普及したとは言い難いためだ.海外で最も清酒(高級酒)が浸透しているのは香港であるが,中国本土において香港並になったとすると,400倍に輸出が増える.それだけで,わが国の高級清酒生産は,ほぼ倍となる.
実施した現地調査(上海・香港)に基づけば,飛躍の課題は,①国境措置の軽減,②日本料理以外への展開,である.関税等の国境措置は厳しいケースが多く,特に中国では,未だに10都県からの輸入を認めていない.その一方で,国境措置が自由化されている香港は既に飽和状態に近い.具体的にいえば,和食店の範囲内では,1つの銘柄が新規参入すると,他の銘柄が押し出されている.この状況を打開するため,市場拡大を目指して,四川料理とのペアリングなどが試行されていた.個人事業主による試みであるが,仏ワインのように国を挙げれば,日本料理店以外における普及が期待できよう.しかし,数多ある飲食品のなかで,清酒だけを特別に扱う理由は見当たらない.ここに今後克服すべき大きな課題がある.
2.ビールのグローバル化
ビールの国内消費量は,1990年代以降減少を続けている.各メーカーは,国内消費の落ち込みをカバーするために,近年では輸出に力を入れるようになった.その結果,わが国からのビールの輸出は着実に増加している.特に,経済成長が続くアジア地域への輸出が好調である.
こうした中,日本のビールメーカーがどのような事業展開を図っているのか香港,台湾,韓国を対象として聞き取り調査を実施した.これらの国・地域に共通するビール市場の特徴は,1人当たりのビール消費量がわが国とほぼ同程度か,または少ないこと,食事中に飲酒する習慣(晩酌の文化)が少ないことなどが挙げられる.日本とは市場環境が大きく異なるこれらの国・地域に対するわが国のビールメーカーの共通の販売戦略は,一般消費者向けにプレミアムカテゴリーへのアイテム投入ということができる.しかしながら,輸出先では,相対的に安価な国産ビールと他国の輸入ビールという両面で厳しい競争に晒されているのが現状である.
3.ウイスキーのグローバル化
ウイスキーの輸出は好調で輸出量・金額の伸びは酒類中最大,また金額では清酒に次ぎ酒類輸出全体の四分の一を占める.ウイスキーの場合,他の酒類とは異なり国内市場の落ち込みが海外展開を促したという単純な関係にはない.2000年中頃まではアジアへの輸出が90%超であったが,その後輸出先の転換が進み,2000年代後半からヨーロッパ,2015年から米国の輸出が急上昇し,現在アジアへの輸出量・金額とも世界全体の50%を下回る.近年の輸出の伸びを説明する要因のひとつは,2000年代に入ってワールド・ウイスキー・アワード (WWA) 等国際的な賞をジャパニーズ・ウイスキーが受賞するようになったことで,現在では受賞の常連となっている.
ヨーロッパの輸出先で特に重要な国は英国とフランスである.英国はスコッチ・ウイスキーの生産国であり,フランスはスコッチ輸入量が世界一のウイスキー愛好国である.ジャパニーズ・ウイスキーの輸出についても,フランスは2011年以降,金額でも数量でもヨーロッパ全体の60%前後を占める.英国とフランスのウイスキー市場の特徴,ジャパニーズ・ウイスキーの位置づけ,流通過程など,ジャパニーズ・ウイスキーのグローバル化の詳細をロンドンおよびパリで行われた現地調査に基づき,さらに明らかにする.
注)本稿は,次の3名の共同研究者の研究論文(未定稿)の一部を要約したものである.記して謝意を表する.佐藤淳(日本経済研究所,清酒担当),徳田一徳(九州経済調査協会,ビール担当),伊藤秀史(早稲田大学,ウイスキー担当).
2017年9月