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研究助成

成果報告

人文科学、社会科学に関する学際的グループ研究助成

2016年度

モデル国家・社会としての近代イギリス像とその歴史叙述の再検討
―その複合国家性の観点から―

京都大学大学院経済学研究科 准教授
竹澤 祐丈

本研究は、モデル国家・社会としての近代英国像では重視視されなかったものの、現実のイギリスを認識する上では重要な、複合国家性の観点を中心に、そのイメージと、それが語られてきた叙述のスタイル・内容とを自覚的に見直すことによって、私たちの近代社会認識をより豊かにするとともに、そこから照射される日本社会の問題点などにも論及することを目的としていた。

上記の目的を達成するために、より具体的な4つの検討項目を立てて、それぞれにつき6回の研究会(外国人共同研究者の招聘セミナーを含む)やシンポジウムでの検討結果、そして共同研究者以外の研究者との議論も参考にしながら考察を進めた。

第一の検討項目は、イギリス(UK)の複合国家性とはどのようなものであり、それはどのように語られてきたのかである。近代イギリスに関する従来の歴史叙述においては、重要な分析視角として複合国家性に焦点が当てられてきたのは比較的最近であることを確認したのちに、それぞれの分野における先駆的な分析事例が紹介された。そののち、イギリスを構成する主たる4つの政治的なユニットであるイングランド、スコットランド、北アイルランド、ウェールズにおいて、全二者からなる複合国家性に関する研究蓄積は比較的存在するのに対して、アイルランドの特異性についての分析は不十分であることが確認された。したがって、本研究では、この点を重視し、各研究分担者の個別研究課題の多くを、イギリス複合国家におけるアイルランドに焦点を置いた。この点に関する暫定的な考察結果によれば、古代ギリシャ・ローマにおけるアイルランドに関する記述が、その根拠の妥当性を十分に吟味されないまま、近代にまで多大な影響力を持ってきたことが、16-18世紀イギリスの複数の思想家のテクスト分析から確認された。

第二の検討項目は、モデル国家・社会として描かれたイギリスと、現実のそれとはどの程度解離しているのか、そしてその解離の原因は何かである。この点に関してもアイルランドの位置づけをめぐって、明治期以降の何人かの日本の思想家の言説を点描的に分析した。その断定的な考察結果によれば、岩倉使節団や日韓併合期ごろまでのイギリス描写においては、その複合国家性に関する鋭利な考察が見られたのに対して、その後の考察においては、平板的なイギリス像が、その政治的安定や経済発展の達成などに着目する成功の物語として描かれる傾向が強くなり、結果として、モデルと実像の解離が大きくなっていった。その背景には、イングランドによるアイルランド統治を成功の物語として描く傾向にある16-17世紀イギリスの思想家の複数の出版物が、そのような認識の典拠として影響を与えていたことも確認した。

第三の検討項目は、何のために近代イギリスを参照すべきモデル国家・社会として認識してきたのかである。この点については、西洋史や思想史の通史的記述のいくつかを分析しながら研究メンバー間で現在も議論を続けているが、第二の検討項目の暫定的な結果でも言及したように、政治的安定と経済成長を最もよく達成した事例として、その通史的記述の作成者の側が、イギリスに関する個別事例を自覚的・無自覚的に選択した結果であるという当たり前のことが具体例に即して把握・確認された。

そして第四の検討項目は、近代社会に関する認識や、外国の事例をモデルとして参照する研究の在り方に関するさまざまな功罪についての展望的な議論を行った。

以上の研究活動を通して、2017年度には、イギリス複合国家におけるアイルランドに関する分析に重点を置きながら、外国研究として他国の事例を分析することに関する反省的な議論を行うべきことを確認した。

2017年8月


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